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『世にも美しき数学者たちの日常』、二宮敦人 著、幻冬舎文庫、2021年。

作家の二宮氏(1985年生まれ)が「数学者のことを知る旅(pp.7)」に出かけられ、日本人数学者11名にインタビューをなさった記録です。

11名のなかには天才中学生ひとりが含まれていました。

わたしは「この本はおもしろいに違いない」と予想し、購入、そして読了。

これほどまで見事に予想が当たった例はひさしぶりでした。

佳作です。

数学という底知れぬ学問の話が興味深かったうえ、登場する数学者諸氏、あるいは彼らが語る国内外の数学者たちのエピソードが、非常に魅力的だったのです。

たとえば、東北大学教授・千葉逸人氏は、数学を「美しい」とお考えでした。

「千葉先生の場合は、数学以外にはどんなものに『美しい』という表現を使いますか?」
しばらく考えてから、千葉先生は真顔で答えてくれた。
「妻ですね。うん、数学と、妻だけですね。『美しい』は……うん」(pp.88)

まさに美しい、無垢(むく)なご発言です。

神戸大学にて数理論理学をご研究していた渕野昌教授は、イスラエルの数学者サハロン・シェラハ氏という、

「たぶん今生きている人類の中で一番頭のいい人の助手を、半年間ほどやったことがあるんですよ。(中略)
本当にすごい先生です。僕が彼の助手になった時にね、助手を長らくやっていた方に言われたんですよ。『サハロンを人間だと思ってはいけない、宇宙人みたいなものだと思わないと、やっていけないよ』と。宇宙人なら何でもありでしょ? それくらいの人なんですよ。(後略)」(pp.213)

わたしなどから見ると数学者でいらっしゃること自体「宇宙人」なのですが、その数学者たちから宇宙人呼ばわりをされているワンランクまたはツーランク高度な存在があるわけです。

ランクといえば、「大人のための数学教室」を主宰された堀口智之氏。

「大学数学くらいから抽象的な、いわば数学的な世界の話が主になるので、そこで壁を感じてしまう人が多いです。イプシロン-デルタ論法くらいからわからなくなる数学科の学生、結構います」
「つまりそこが、数学世界の住人と日常世界の住人との、分水嶺(ぶんすいれい)になるんですね。(後略)」(pp.100)

どうしてもこんな格差が生じるみたいです。

きびしい現象ながら、避けられないものなのでしょう。

ランクとは別件になりますが、『世にも美しき~』11名の数学者は全員が男性でした。

わが国に優秀な女性数学者はおられないのでしょうか……?

ところで、解析的整数論を専攻する黒川信重・東京工業大学名誉教授がお書きになった本書末尾の「解説」によると、

ニュートンが「微積分学」「万有引力の法則」「光のスペクトル分解」という三大発見をしたのは、1665年から翌年にかけてペストのパンデミックで大学が休校になり、故郷に1年半ひとりで引きこもっていた時のこと(後略)。
日本において、高木貞治がひとりで「類体論」を確立したのは、いまから100年前の「スペイン風邪」によるパンデミックの頃であり、類体論の大論文が遂に1920年に出版されたときは、世界を驚かせた。(中略)
新型コロナのパンデミックをくぐり抜けた先にどんな成果があらわれるのか期待したい。(pp.308)

言われてみれば、たしかに研究だの論文執筆だのは「新型コロナウイルスによるパンデミックでの外出制限(pp.307)」と相性が良く、今回の自粛生活は多様な学問(とりわけ数学)の進歩に寄与するかもしれません。

金原俊輔

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