最近読んだ本456
『本当の翻訳の話をしよう 増補版』、村上春樹、柴田元幸 共著、新潮文庫、2021年。
作家の村上氏(1949年生まれ)。
アメリカ文学を専攻していらした東京大学名誉教授・柴田氏(1954年生まれ)。
上掲書は、おふたりが主に英語の原書を読む喜びさらに翻訳する喜びを分かち合った、学術的・文芸的な対談集です。
ご両所とも英語小説の読書や和訳を楽々とこなしておられ、わたしにしてみればそれらは苦行でしかありませんので、感服し、知識人たちとおのれの能力差を思い知りました。
以前、
村上春樹著『やがて哀しき外国語』、講談社(1994年)
に目をとおしたのち、「村上氏の語学力は普通程度なんだろう」と早合点していたものの、実はそうとう高度な力をおもちみたいです。
村上 小説というのは耳で書くんですよ。(中略)黙読しながら耳で立ち上げていくんです。そしてどれだけヴォイスが立ち上がってくるかということを確認する。(中略)ラードナーという人は声が聞きとれるし、立ち上げることができる人なんです。間違いなく。カズオ・イシグロもそうですね。みんなすぐにヴォイスが立ち上がってくる。(pp.297)
氏はこうした実作者ならではのご発言もなさり、実作者でない当方には理解が困難なご主張だったとはいえ、ノーベル文学賞のライバル・イシグロ氏を褒めていらっしゃる点に好感をおぼえます。
そして、
村上 『素晴らしいアメリカ野球』なんてどうですか。
柴田 あれも大好きです。久しく絶版ですね。(中略)単純に常敗野球チームの話として読んでもメチャクチャ笑えます。(pp.32)
書中、フィリップ・ロス著『素晴らしいアメリカ野球』が、たびたび語られました。
わたし自身は未読なのですが、なんだか非常におもしろそうな作品。
いつか繙(ひもと)きたいと希望します。
『本当の翻訳の話をしよう』にて村上氏と柴田氏は、対談相手への深い敬意をしめしつつ、おだやかに話を進められました。
このおだやかさが本書の長所といえるように思います。
読書や翻訳に関する意見交換でありながら、
柴田 大リーグは黒人もなかなか入れなかった。黒人リーグが別にあったわけですね。いまは日本人でもヒスパニックでも、実力があれば入れるフェアな場所になったように見えますが、昔からそうだったわけでは決してない。ロスもマラマッドもアメリカについて考えていたら、野球にたどり着いたという感じなんじゃないかと思うんです。野球について考えると、それはアメリカについて考えることになりそうだと。(pp.69)
ときどき欧米の歴史・文化にも言及され、興趣がつのりました。
個人的に嬉しく感じたのは、
村上 ジョン・ニコルズは1962年に、ハミルトンカレッジというニューヨーク北部にあるリベラルアーツの大学を卒業しています。小さいけど良い大学で難関校です。(中略)ハミルトンカレッジは、詩人のエズラ・パウンドも在籍していたことがあるんですね。(pp.352)
ハミルトンカレッジは、わが師B・F・スキナー(1904~1990、行動主義心理学者)が卒業した大学です。
わたしはスキナーの評伝を書いた際、ちょっとだけ同カレッジの由来について調べました。
金原俊輔