最近読んだ本486:『柔術狂時代:20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺』、藪耕太郎 著、朝日選書、2021年

柔術や柔道は、20世紀初頭の欧米世界に大ブームを巻き起こしていたのである。(pp.4)

本書は関心が惹起されざるを得ないこうした文章でスタートしました。

書中の解説によれば、アメリカ合衆国における柔術・柔道普及の貢献者がふたりいるらしく、ひとりは長崎県警での勤務経験があったアメリカ人リッシャー・ソーンベリー(187?~1937)、もうひとりは同県警柔術師範の井上鬼喰(生没年不詳)です。

わが居住地が不意に出てきて驚きました……。

さて、引用内「大ブーム」の主な原因は日露戦争(1904~1905)。

日露戦争期において、柔術や柔道が、「極東の小国がヨーロッパの大国に挑む」という構図の下であたかも帝国日本の象徴のように扱われ(中略)、アメリカにおいてはとりわけその傾向が強かったといえるだろう。(pp.13)

アメリカにて「その傾向が強かった」例証としては、短編小説の名手オー・ヘンリー(1862~1910)の作品にて柔術が語られていることがあげられていました。

わたしは『オー・ヘンリー全集』を読破したはずなのですが、残念ながら柔術登場はおぼえていません。

別の例証として、第26代大統領セオドア・ルーズベルト(1858~1919)が柔術もしくは柔道を学んでいた史実も述べられています。

彼が柔術・柔道の稽古をした件は、当方、マンガで知っていました。

ローズヴェルトはそれなりに熱心に柔道を学んだようだが、日露戦争の開戦直後という時期的状況に鑑みれば、大統領の柔道実践は、自らを知日家として演出するための一種の政治的パフォーマンスとしての意味合いが強かったと考えられる。(pp.176)

そうかもしれないものの、ロシア連邦のウラジーミル・プーチン大統領(1952年生まれ)が政治とは無縁だった少年時代にせっせと柔道の練習に励んだエピソードなどを思うと、柔道それ自体が所持している魅力を無視してはならないでしょう。

そして『柔術狂時代』は、アメリカ人ボクサーやプロレスラーらと日本人柔術家たちとの多数の異種格闘技戦を俯瞰したのち、ブームの衰退に話を進めました。

アメリカにおいて、

1906年12月に、小さな3面記事が載った。題して「柔術バブル」。そこにはこうある。「もはや柔術は忘れられた」。(中略)20世紀初頭、日露戦争の前夜頃から高まった柔術ブームの真の終焉を、この記事に求めてもよいだろう。(pp.248)

かなり短いブームだったようです。

本書は著者・藪氏(1979年生まれ)の「博士学位論文(pp.275)」を土台にしたものだそうで、それゆえか、情報満載であるうえ、「註」「史料・文献」がきちんと提示されていました。

アメリカのみならず、話題は「フランスやドイツ、アルゼンチン(pp.275)」にもおよびます。

ただ、書籍化の際、藪氏がたいして論文っぽさを改変していらっしゃらないため、一部の柔道ファンには少々難解な読物であるかもしれず、わたし自身「難しい」と感じました。

とはいえ、むかし合気道の道場に通っていた時期があり、合気道は柔術から派生した武道ですので、その関係もあって、わたしの場合は読書中の興味が持続しました。

金原俊輔