最近読んだ本500:『ばらまき:河井夫妻大規模買収事件 全記録』、中国新聞「決別 金権政治」取材班 著、集英社、2021年
広島県選出の衆議院議員・河井克行氏および参議院議員・河井案里氏夫妻による買収事件を追った政治ルポルタージュです。
この事件、容疑者ふたりが現職の国会議員だったこと、克行氏にいたっては法務大臣だったこと、買収された人数は100名にのぼり、うち40名は自治体の首長または議員だったこと、買収総額が3000万円近かったこと、などから「前代未聞の大規模買収事件(pp.309)」と見なされました。
きっかけは、立候補した妻のために法務大臣が選挙運動員へ不正な報酬を支払ったとする、2019年10月『週刊文春』誌のスクープです。
特ダネだった。参院選を取材してきた県政チームの樋口は率直に「完敗だ」と思った。河井夫妻は頻繁に取材する関係だっただけに、余計に痛恨の思いは増した。(pp.61)
広島市に本社を置く中国新聞社としては地団駄を踏む思いでした。
そうしたところ、引用文に登場した樋口氏が「河井夫妻が自民党の県議に現金を配った(pp.63)」なる情報をつかみ、2019年11月8日に中国新聞紙上で報道。
他社に特ダネを書かれることはままある。だとしても、それにへこまず「抜かれたら、抜き返せ」が鉄則だ。県議への現金授受の記事は、中国新聞にとって「反転へのスクープ」となった。(pp.68)
みごと一矢を報いました。
しかし、今度は大手の新聞社が出張ってきます。
1月19日。朝日新聞が朝刊1面トップで「案里氏秘書 違法性認める」「地検聴取に 報酬 法定の倍額」「運動員13人も違法性を認識」と報じた。(中略)
「やられた」
メールを見た中川は頭を殴られたような思いでいた。(pp.73)
6月26日付の読売新聞朝刊が激震をもたらす。被買収者とされる県内の政治家40人を一覧表にして、実名で報じたのだ。(中略)
「抜かれた」(pp.105)
超弩級の騒ぎに発展したため「全国紙、週刊誌との取材競争はその後も続いた(pp.78)」、こうなったのです。
地元メディアであるという意地のもと、中国新聞社は総がかり取材を敢行し、事件を追究しつづけました。
何人もの同社スタッフが東京都に出張・滞在しただけでなく、千葉県や群馬県へと向かった記者もいます。
ジャーナリズムが有している力と責任感を再確認できる作品でした。
内容がよく整理されており、文章もわかりやすく、わたしはスラスラ読み進みました。
『ばらまき』の限界は、買収事件の全容が明らかになる前に出版された書物である点(2021年12月発行)。
執筆陣はとうぜん限界を自覚されており、出版時に定かとはなっていなかった事項を以下のように総括していらっしゃいます。
被買収者とされる100人の一律不起訴が妥当かどうかを審査する検察審査会の行方から目が離せない。「被買収議員」を抱えた各議会の動向もチェックしなければならない。永田町では自民党の1億5千万円提供の問題や、国会議員の歳費返還を巡る法改正の動きがある。買収の抜け道となっている政治資金規正法の改正を含め、課題は山積だ。
「事件はまだ終わっていない」(pp.308)
当方が2022年4月現在における状況を説明しましょう。
まず、2022年3月、広島地方検察庁は、東京第六検察審査会の議決を受け、被買収議員のほぼ全員にたいして略式起訴あるいは在宅起訴をしました。
広島県内3市議会では被買収議員への「辞職勧告決議案」が可決されています(広島市議会のみ否決)。
「自民党の1億5千万円提供の問題」に関しては、いまだ藪の中です。
国会議員の歳費返還をめぐる法改正は、2022年内になされるはず。
政治資金規正法の改正、これは特段の動きがないみたいです。
『ばらまき』は、勧善懲悪的なスカッとするエピソードを含む半面、1億5千万円がどこから拠出されたのか、お金の背後に巨悪が潜んでいるのではないか、こうした疑問は解消されず、書中あつかわれた買収事案はしょせん千重(ちえ)の一重(ひとえ)なのだろうといった不審の念にも駆られて、穏やかな読後感にはいたりません。
さらに、買収した河井夫妻が長らく辞意を表明しなかったうえ、買収された議員たちもほんの数名しか辞職せず、わたしは苛立たしい気分になりました。
金原俊輔