最近読んだ本513:『キャッチ・アンド・キル』、ローナン・ファロー 著、文藝春秋、2022年
ふう。
緊張しながら読み進みました。
アメリカ合衆国の映画プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタイン氏(1952年生まれ)は、20年以上、周囲の女性たちにレイプや深刻なセクハラを繰り返していたそうです。
多数の関係者がこの事実を知っていたのですが、彼があまりに大物かつ権力者であるため、介入すれば厳しい報復が予想され、かならず仕事に悪影響も出る、干される……、みんな見て見ぬふりをしました。
メディアとて同様で、過去、彼の人権侵害行為を暴露する動きは幾度かあったものの、けっきょく毎度もみ消されてしまっていました。
本書の著者ファロー氏(1987年生まれ)は、テレビ局NBCに所属するジャーナリスト。
当該件を調べ始め、受難した女性たちから数々の証言を入手して、放送しようとします。
状況に気づいたワインスタイン氏は卑劣な手段を用いつつ妨害、ワインスタイン氏からの圧迫を受けたファロー氏の勤務先NBCはとうとう報道中止の決定をくだしました。
ファロー氏はめげず、今度は『ニューヨーカー』誌に話をもちこみます。
同誌は事態の重大さを認め、2017年10月、ウェブ上にて特集記事を掲載。
ウェブに記事が上がったあと、僕はふらふらと窓際まで行ってハドソン川を眺めた。まだボーっとして何の実感も湧かなかった。(中略)
携帯が鳴り、また続けて着信音がする。最寄りのコンピュータに駆け寄って、ブラウザを開いた。メールの受信箱も、ツイッターもフェイスブックも、ポン、ポン、ポン、と着信音が鳴り続けている。メッセージが次から次に流れ込んできて、画面がどんどん下に切り替わって行った。
報道記者からのお祝いの言葉も届きはじめた。(pp.328)
ここにいたるまでが一筋縄ではありません。
人々の欲が交錯し、同時進行的に事案が発生する、著者は信頼していた関係者多数に裏切られ、尾行があり、脅迫めいたやりとりも経験なさったのです。
イスラエルの諜報機関から狙われすらしました。
彼を支えたのは、被害に遭い、長らく心の傷を抱え、ついに告発を決意した複数の女性の存在です。
女性たちの勇気は、抑えつけても抑えつけられるものではない。そして人々の物語は、大切な物語は、真実の物語は、いつかかならず発掘され、決して抹殺されることはない。(pp.455)
彼女たちはどれほどつらかったことでしょう。
ファロー氏の記事が契機となり、ワインスタイン氏には悪行への罰が与えられました。
「ペンは剣よりも強し」を地で行くような展開に溜飲が下がります。
タイトルの「キャッチ・アンド・キル」とは「捕えて殺す(pp.391)」なる意味のメディア用語。
著者は2018年のピューリッツア賞を受賞し、また、本書は世界を席巻した「#MeToo」運動へとつながりました。
すごい影響力のノンフィクションです。
ミステリー形式で書かれており、ある謎が明らかになったあと、ずいぶん前のページに戻って確認してみると、たしかにヒントが仕込まれていた、そんな場面がいくつかありました。
ところで『キャッチ・アンド~』には、ワインスタイン氏以外にも性的嫌がらせおよび暴行をおこなった男性たちが登場してきて、アメリカのメディアや芸能界の救いがたいほどの腐敗ぶりを知らされます。
ひどすぎる……。
ただし、日本社会にも同様の問題があることは論を俟たず、深刻度はおそらくアメリカと五十歩百歩と思われ、本邦ジャーナリスト諸氏の(ファロー氏が示したような)発奮を期待いたします。
金原俊輔