最近読んだ本530:『無恥の恥』、酒井順子 著、文春文庫、2022年

わたしが初めて読んだ酒井氏(1966年生まれ)の本は、

酒井順子 著『テレビってやつは』、マガジンハウス(1991年)

です。

当時20代だった著者の若々しい才能に感心させられましたが、得意ジャンルがナンシー関氏(1962~2002)のそれとかぶってしまうのではないかと、少々心配もいたしました。

結局そうした問題など起こらず、酒井氏は多分野で活発にお仕事をつづけていらっしゃいます。

この『無恥の恥』を出版なさったのは、55歳を迎えられた今年(2022年)。

55歳……、氏も年をお取りになりました。

しかしながら才能は全然枯れていません。

『無恥~』は、「恥の感覚(pp.11)」について、「中年とSNS」「恥ずかしい言葉」「若さという恥」「感謝にテレない世代」といった諸テーマのもと、私見を展開されたエッセイです。

われわれ読者が気づいておらず頭の中でまとめていなかった事柄を言葉にしてくださる、言いにくいことを世間一般に代わって発言してくださる、そんな明快で小気味よい内容でした。

2020東京オリンピック・パラリンピック(中略)開会式をテレビで見て、今までとは異なる次元の恥辱を我々は感じることになった。
開会式で披露されたのは、「これ、高校総体?」と錯覚しそうな出し物の数々。(pp.155)

「僕、本を読むのが好きなんですよね」
と言う若者がいたので、
「どんな本を読むの?」
と恥ずかしい質問をしてみたところ、爽やかな笑顔で、
「自己啓発本とかですね!」
と答えてくれたこともあります。その時、
「そうなんだ!」
と笑顔で答えながらも、私が赤面するほどに恥ずかしくなってしまったのは、いったいなぜだったのでしょう。(pp.164)

IT長者と交際・結婚する美人を見ると、私はそこはかとない恥ずかしさを感じる者です。美人側と長者側の生々しい思いが、それぞれあまりにも如実に露呈しているところに、恥ずかしさを感じるのだと思うのですが。(pp.219)

「本当、そうだよな~」と共感いたします。

持論を補強するため、『枕草子』(pp.17)、『源氏物語』(pp.57)、『徒然草』(pp.70)、『古事記』(pp.80)、等々を引き合いとして用いる傾向は過去作品になかったもので、著者のご勉強の結果なのか、加齢のせいなのか……。

ルース・ベネディクト 著『菊と刀:日本文化の型』、社会思想社(1972年)

上記文献も幾度か登場してきましたが、これは恥を検討するうえで必然でしょう(ただ、当方、日本人ではなく日系人を調査研究して日本文化を語るのは学術的に的はずれだし、ベネディクトが案出した「恥の文化」概念はたんなるレッテル貼りにすぎない、と低評価しています)。

長いあいだ好きである随筆家の最新刊、わたしは「本を広げる時の快感(pp.171)」を味わいつつ、ゆったりした気分で読み進みました。

それはそうと、

欧米人女性の胸の谷間と、日本人女性の胸の谷間とでは、そこに漂う湿度が全く違います。マリー・アントワネットの時代から胸の谷間を露出し慣れている欧米女性の場合、谷間もまたカラッとした質感であるのに対して、着物でしっかりと胸の谷間を隠し続けていた日本女性のそこには、先祖伝来の湿気が湛(たた)えられている。(pp.216)

「着物でしっかりと胸の谷間を隠し続けていた……」、江戸時代における女性たちの身だしなみは、かならずしもご指摘どおりでなかったみたいですよ。「最近読んだ本524」

金原俊輔