最近読んだ本550:『老年の読書』、前田速夫 著、新潮社、2022年

高年齢である人々に、老いや死を考察したいろいろな本を紹介する、いぶし銀的な書評集です。

著者の前田氏(1944年生まれ)は、本書ご執筆時、76歳でいらっしゃいました(2022年現在は78歳)。

私ぐらいの年になると、深夜床に就くとき、あるいは昼間起きていても、1日に1度は、自分が死ぬときのことを考えている。(pp.5)

氏よりも若いとはいえ、いま67歳のわたしが理解できないではないご心境です。

老年をどう生き、この世との別れをどう済ませておくか、これはなかなかの難題である。さればこそ、古今の名著をひもといて、偉人達人の境地に、一歩でも半歩でも近づきたいと思うのだ。
老年の読書は、みずからの老いをどう生き、どう死を迎えるかに直結している。(pp.5)

読書という武器で「難題」に対抗なさろうとする姿勢に共感し、支持いたします。

わたし自身、向後の孤老生活で頼りになるのは読書、と思っているためです。

以前、『老年の読書』と同じく、シニアに至ったのちの読書の意義および喜びを語った作品、

津野海太郎 著『最後の読書』、新潮文庫(2021年)「最近読んだ本469」

に目を通したのも、それが理由。

本を読まない高齢期って索漠としているのではないかと想像しますし、若かろうと年寄りになろうと、書物のページを繰らない日々など考えられません……。

さて、『老年の読書』は全15章の構成で、各章の章題が、たとえば、

  1 晴れやかな老年を迎えるために

  5 ありのままの死とは

  7 上手に年をとる技術

 10 いよよ華やぐいのち

 12 病いの向こう側

 14 老いと時間

といった、しんみりくるものばかりでした。

そして、それぞれの章において、著者は主に難解な本を取りあげておられます。

キケロ『老年について』とか、ハイデガー『存在と時間』とか、高見順『死の淵より』とか、ジャンケレヴィッチ『死』とか。

東京大学にて学ばれ、ご定年まで文芸誌『新潮』の編集長をお務めだったそうですから、どうしても難しい書籍をひもとく機会が多かったのでしょう。

その結果、学識・教養をじゅうぶん身につけられ、『老年の読書』では、もう一度読み直して中身をしっかり咀嚼したくなる高度で滋味あふれる言葉がつづきました。

それはそうと、

植物に目がいくのは、死が近い証拠と聞いたことがある。(pp.268)

ドキッ。

わたしは植物を愛でるタイプではないのに、最近、ふと、道端の花を眺めたりしているのです。

感傷的だ、ノスタルジックだ、と言われれば、その通りなのだが、最近はしきりと昔のことを思い出す。未来のことは思わない。(pp.211)

当方も日ならずして上記みたいになるんでしょう。

最後に、著者はコラム「シルバー川柳の純情(pp.142)」で、わたしが知らなかった文芸ジャンルを紹介してくださいました。

どの句もおもしろく、良い情報をいただきました。

金原俊輔