最近読んだ本626:『他人が幸せに見えたら深夜の松屋で牛丼を食え』、裏モノJAPAN編集部 編、鉄人文庫、2023年
読書をしていると、当初それほど期待感はなかったのに読んでみたら快作だった、こんな邂逅が少なからずあります。
わたしにとって『他人が幸せに見えたら深夜の松屋で牛丼を食え』はそうした一冊でした。
月刊誌『裏モノJAPAN』が「タイムマシンに乗って若かりし自分に教えてやりたい 人生の真実とは?(pp.2)」というお題を携えて「東京・赤羽や上野の立ち飲み屋、名古屋や大阪の大衆酒場(pp.3)」などで「オッサンたち130人(pp.3)」に聞いてまわった結果を集めた内容。
正直、高尚なものは一つもない。大半は下世話で、みっともなく、愚痴や後悔にまみれている。しかし、(中略)とてつもなくリアルな説得力を持っている(後略)。(pp.3)
たしかに「リアルな説得力を持っている」と思いました。
いくつか例をあげましょう。
人生は80年もない。30年でほぼ終わってる(pp.8)
軽々しい批判をしてくるヤツは それをやったことがない(pp.58)
人前での言い合いは 負けた方がポイントが上がる(pp.68)
若いころの苦労は 将来に役立つわけではない(pp.82)
その場にいないヤツの秘密の暴露は 話題の中心になれるが、信用度は下がる(pp.104)
「みんな言ってるよ」を口にするヤツとは 縁を切れ(pp.146)
知識を身につけるのは しょうもないことで大げさに騒がないため(pp.152)
自己啓発本には手を出すな(pp.190)
不安はほとんど的中しない(pp.196)
……どれもが金言と言える、知っていれば処世に役立つ言葉だらけです。
ひとつひとつに解説がついているので言辞の真意を汲みとりやすく、また、編集部のユーモラスなコメントもあって、わたしは楽しみつつ読了しました。
本書後半は、夫婦関係や男女のあいだがらを見据えた警句へと移行し、それにともないユーモア度が高まります。
血液型診断は 信じるスタンスのほうがモテる(pp.244)
女性の気持ちは一瞬で変わる。しかも悪いほうへ(pp.258)
こういうふうに……。
ところで、第1章「悟りを開け」内の、
苦しいことの直後に楽しみを置いておくべし(pp.76)
上記の知恵はアメリカの行動主義心理学者デイヴィッド・プレマック(1925~2015)が提唱した「プレマックの原理」に相通じます(この原理には、祖母が孫に「宿題を終わらせたらケーキをあげるからね」と申し渡す状況をイメージした、「おばあちゃんの法則」なる異名も)。
つまり心理学的に妥当なアドバイスも含まれているわけです。
感心しました。
民俗学者・評論家の大月隆寛氏(1959年生まれ)が執筆された、
大月隆寛 著『てやんでぇ!』、本の雑誌社(1997年)
という書評集に、ある本を指し「箴言集の装いを借りた軽いジョーク本(大月 書、pp.33)」、かような揶揄(やゆ)が述べられていたのですが、わたしは同じ寸評を肯定的な意味合いで『他人が幸せに見えたら~』に贈りたいです。
本書を読みながら、もしも当方が「若かりし自分に教えてやりたい人生の真実とは?」なる質問を受けた場合どう答えるだろうかと想像し、気の利いたセリフをまるで言えそうにない可能性に落胆しました。
金原俊輔