最近読んだ本666:『基礎研究者:真理を探究する生き方』、大隅良典、永田和宏 共著、角川新書、2024年
心理学に「ハロー効果(後光効果)」という言葉があります。
ある人物に対する印象が、その人が有しているとある特徴に、多大な影響を受けてしまう現象を指します。
たとえば、よく知らない青年のことを「彼はきっと(スポーツマンらしく)爽やかな人柄の持ち主だろう、なにしろ高名なスポーツ選手なんだから」と見なすような場合です。
今回の『基礎研究者』、ひょっとしたら読者たちにハロー効果を起こさせる書籍かもしれません。
上掲書は、2016年ノーベル生理学・医学賞受賞者でいらっしゃる大隅氏(1945年生まれ)および物理学者の永田氏(1947年生まれ)、ふたりの碩学がお書きになった科学エッセイ集。
実社会では「失敗」は基本、許されないことである。失敗をしたら謝るし、二度としないと自分を戒めるであろう。しかし、唯一失敗が許される世界がある。それが研究の世界であり、サイエンス、科学の世界なのである。(P. 191)
こんなユニークな科学への道案内が記されています。
良書でした。
では、どうして当コラム冒頭にてわたしがハロー効果を云々したのか、理由を説明いたします。
大隅氏・永田氏が幾度も科学の世界の事柄を日本社会に無理矢理むすびつけようとなさっていたのが不自然で腑に落ちなかったからです。
一例は、
永田 かつては事業に失敗した人は落伍者(らくごしゃ)とされました。失敗すなわち落伍者だ、という短絡的なレッテル付けがありました。現代はもう少し、失敗の価値が認められつつある社会になっているのではないでしょうか。
大隅 そういった潮流は間違いなくあると思います。(中略)有名大学に入学し、大企業に入り……という「人生の成功者」といったイメージは、依然として根強く日本の社会で受け入れられていますが、そういう考えが少しずつ変わってきていると感じました。(P. 223)
永田氏の「失敗すなわち落伍者だ、という短絡的なレッテル付け」が本当に今は弱まっているとしたら素晴らしい変化と存じますが、果たして事実そうなってきているでしょうか?
そもそも、「事業に失敗」し巨額の借金を背負ってしまった人物がいるとして、その人物にしてみれば自分の「失敗の価値」とやらを社会に認められる状況が何らかの救いにつながり得るものでしょうか?
わたしには、永田氏による当事者意識がうすいご意見、歴史学や人類学などで言う「アームチェア批判(現実を知ろうとせず、書斎のひじ掛け椅子に座りながらおこなう批判)」に近いコメント、こう聞こえました。
大隅氏のご発言につきましては、ご自身が東大卒で、東工大栄誉教授、そして押しも押されもせぬ有名学者でいらっしゃることを慮(おもんぱか)ると、安全圏に身を置く人の放談に過ぎないような気すらしてきます(ご努力と才能でその安全圏に到達なさったにしても)。
以上、本書をひもとくかたがたに「科学の権威が述べた社会論なので、きっと正しいはず。ぜひ参考にしなければ」、こんなハロー効果が生じ、同効果に吞みこまれてしまう可能性が想定されました。
じつのところ、内容に少なからぬ瑕疵(かし)が含まれていますので、冷静かつ批判的にページを繰ってゆくべき読物と思います。
金原俊輔