最近読んだ本670:『潜入取材、全手法:調査、記録、ファクトチェック、執筆に訴訟対策まで』、横田増生 著、角川新書、2024年
かくも中身が表題・副題どおりだった書物はめずらしいです。
どこかの企業なり組織なりに潜入する方法、潜入中の記録の仕方、ファクトチェック(裏づけの取りかた)、書きあげた作品の売り込みかた、裁判への心がまえ……。
潜入取材をおこない、そこで入手した情報を本にまとめようと計画している若き文筆家たちへの格好な指南書になり得る一冊と言えるでしょう。
横田増生氏(1965年生まれ)は潜入取材を敢行したのち執筆されたルポルタージュを多数上梓しておられる経験豊富な人物。
そんな横田氏ですので上掲書内の諸アドバイスには強い説得力があります。
わたしは、これまで、
横田増生 著『ユニクロ潜入一年』、文藝春秋(2017年)「最近読んだ本124」
横田増生 著『「トランプ信者」潜入一年:私の目の前で民主主義が死んだ』、小学館(2022年)「最近読んだ本493」
などを読み、当コラムで感想を述べました。
そのため、同じ著者による『潜入取材、全手法』への新たな感想はほとんど出てきません。
ただ、「第5章 いかに身を守るか(P. 161)」で紹介されているエピソードが緊迫しており、痛快にも思いました。
というのは、横田氏および文藝春秋社に対して「ユニクロを展開するファーストリテイリングが(中略)本の出版差し止めと2億2000万円の損害賠償などを求める訴訟(P. 162)」を起こし、しかし、氏は文春の編集者や弁護士と共に反撃を挑んで、裁判で「完勝(P. 192)」なさったからです。
こうした、ユニクロが示したような「言論を封じ込めることを目的とする裁判(P. 196)」を、「スラップ裁判(P. 196)」と呼ぶそうです。
スラップ裁判とは、資金や組織などの資源を持つ強者が、裁判という手段に訴えることで言論機関を威嚇することにより、不利益になる発言が広まるのを妨げる目的で起こす裁判を指す。そこでは、提訴すること自体に意味があり、勝ち負けは二の次だという。(P. 196)
つまりは、さして本気でなく、脅すことが狙い。
なんだか暴力団のやりくちに似ており、それだけに著者らが受けて立って全面勝訴した顛末が嬉しいです。
ほかの感想としては、「第1章 いかに潜入するか(P. 17)」に書かれていた、
果たして潜入取材は卑怯(ひきょう)な手段なのか。(P. 60)
この文章で始まる考察が勉強になりました。
第6章にて詳述されているアメリカ合衆国のベストセラー作家スティーブン・キング氏(1947年生まれ)関連のエピソードも興味深いものです。
金原俊輔