最近読んだ本684:『三流シェフ』、三國清三 著、幻冬舎文庫、2025年
上掲書の「解説」によれば、本タイトルは未(いま)だ「志の途中であるという思いを込めた(P. 246)」意味合いらしいのですが、いずれにせよ「三流シェフ」どころか一流のシェフでいらっしゃる三國氏(1954年生まれ)。
同氏が東京都新宿区で開いていたレストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」は「ほんとうに予約の取れない有名店(P. 211)」だったそうですし。
開業してから37年間での来店者数が、
ざっと30万人を超える。国内はもとより海外からも、たくさんのお客様に来ていただいた。(中略)歌手、俳優、芸術家、作家、科学者、政治家、各国元首、閣僚、大使、海外アーティスト……。ハリウッドスターのお名前だけでもかなり長いリストになる。(P. 8)
アメリカ合衆国ニューヨークにて「ミクニ・フェスティバルを催した(P. 219)」ときも「後半に入ると連日満席で、キャンセル待ちの長いリストができた(P. 222)」。
『三流シェフ』は、北海道の貧しいご家庭に生まれた三國氏が、前向きなご姿勢と関係者たちの厳しくも親身な支えとで、腕の立つ料理人に成長する過程をつづった自伝です。
彼は、チャンスを待ったりせず、つねに自力でチャンスを作りだしてゆく、チャンスを「抉(こ)じ開け(P. 246)」てゆく……という実に能動的な人物で、書中、たびたびそんな生きかたを物語るエピソードが紹介されました。
たとえば、修業時代にフランスの名高い料理店を訪ね働かせてもらおうとしたところ、あっさり門前払いをくらい、それでも厨房内に押し入って、
厨房では料理人たちが忙しそうに働いている。(中略)なにもせずに突っ立っているのはぼくだけだ。きまりが悪いので周りを見回したら、洗い場に汚れた鍋が重なっていた。
これだと思った。
迷わず洗い始めた。(P. 133)
おかげでめでたく就業を許可された由です。
明治時代~昭和時代にかけての成功譚っぽい逸話ですけれども、氏と同じく昭和生まれのわたしの心には沁み入り、どちらかといえば成り行き任せである己(おのれ)の人生を反省しました。
ぜひ若い人たちに紐解(ひもと)いてほしい読物です。
将来は料理方面に進もうと考えているかたがたは特に。
フランスの厨房で気づいたことがある。なにもかもフランスの料理人の方が上というわけではないのだ。(中略)包丁のあつかいにかけては、日本の料理人の方が遥かに優れている。まず彼らはめったに包丁を砥がない。(P. 165)
こういうちょっとした一節に(板前さんを主人公とする各種マンガを通し「板前にとって包丁は命」と認識していた当方などは)驚かされます。
なお、三國氏は、ご自分の「オテル・ドゥ・ミクニ」がレストランを評価する『ミシュランガイド』に掲載されなかった事実に、屈託を示されていました。
お気もちの率直な吐露と思いますが、そもそも料理の良し悪しに客観的基準は存在しません。
「ミシュランの星(P. 233)」という任意の評価に過ぎないものをあまり重く受け止めないでいただきたいです。
金原俊輔