最近読んだ本720:『上野アンダーグラウンド』、本橋信宏 著、新潮文庫、2024年
ノンフィクション作家・本橋氏(1956年生まれ)。
2015年から2016年にかけて、上野および上野近郊をテーマに、突っ込んだ取材をなさいました。
取材結果は単行本にて報告され、そして、その単行本を文庫化したものが上掲書です。
わたしはつい先日、用事で東京へ行き、上野のビジネスホテルに宿泊しました。
街の活気を楽しみ、とりわけアメ横には東南アジア諸国の市場を彷彿(ほうふつ)させられて「日本にもこんな東南アジアっぽいところがあるのか」と嬉しく思いました。
われわれ九州人にとって上野は少々なじみが薄い場所で、当方は東京に住んでいた約13年間、ほとんど出向いたことがなかったのです。
それだけに最近あらたに発見した盛り場みたいな気がしています。
あちこちをブラつき、たまたま入った古書店でこの『上野アンダーグラウンド』を見つけました。
上野のように変化が激しい土地だと、2016年の単行本出版から10年ちかく過ぎたせいで古くなってしまっている情報が多いだろうと予想しましたが、とにかく購入し、喫茶店や宿泊先で読みふけりました。
上野の実態(それが明部であれ暗部であれ)を炙(あぶ)りだしたような作品です。
驚いたのは、第6章「アメ横の光と影」。
著者に同行した編集者のかたが、
「年末に大晦日(おおみそか)のアメ横の賑(にぎ)わいが散々ニュース番組で流れるじゃないですか。母が、『一度でいいから歳末にアメ横で売ってる大トロを食べてみたい』って言うんで、僕が茨城の実家にお土産で買って帰ったんです。(中略)
パサパサの不味(まず)い赤身だったんです。あんな不味いマグロ、食べたことない。タラバガニも茹(ゆ)でてみたら中身スカスカ、まったく身が詰まってない。種類もタラバガニとは別物の偽(にせ)タラバでした。両親はあれ以来、二度とアメ横の話をしなくなりました」(P. 275)
さらに、アメ横をよく知る大学生が著者たち一行を案内しつつ、
「あの……いつもは魚屋じゃない店も靴屋の軒先とかまで借りて年末はカニやマグロを売ってるんですよね。僕もアルバイトで毛ガニとか売ってたんですけど、(中略)質は目茶苦茶ですよ。凍ってるんで重さがあるだけで、溶けたらスッカスカなんですよ」(P. 297)
海産物にかぎらず、アメ横には「偽ブランド(P. 280)」もめずらしくない由です。
まあそういう面すら東南アジアの市場にそっくりで……。
上野に関する次の話題です。
上野・御徒町の宝石街にインド人がたくさん集まるようになった。(中略)
インドで時々見かける白衣をまとった出家信者がジャイナ教徒である。(中略)
インド全人口の0.3パーセントにすぎない。
ところが嘘をつかない、禁欲主義といった勤勉さがビジネス上有利に働き、ジャイナ教徒は世界中で活躍している。
その一つがここ上野・御徒町の宝石街への進出だった。(P. 262)
上野か御徒町で宝石を買おうとするかたは、「白衣をまとった」インド人のお店を訪ねるのが無難であるみたいですよ。
以上、さわりにしか過ぎませんが、『上野アンダーグラウンド』の内容を紹介しました。
本書をひとことでまとめれば、
上野は本日もカオスにまみれる。(P. 407)
ところで、わたしは当コラムの冒頭、「古くなってしまっている情報が多いだろう」と書きました。
しかし、2025年の上野には、「昼間からやっている大衆居酒屋(P. 77)」も「中国人が詰めかけて(P. 279)」いる「小さな薬屋(P. 279)」も「ケバブの屋台(P. 280)」も「革ジャン、ミリタリー用品といった店(P. 291)」も「いいもの売っている(中略)珍味屋(P. 313)」も「キムチ横丁(P. 368)」も、のこっていました。
路上は「あらゆる国々からやってきた外国人でオリンピック閉会式(P. 71)」のごとき混雑でしたし、「アメ横のチョコレート売りのおじさん(P. 198)」もいらしたし、すれ違った中高年男性たちにおける「ブランドのロゴマークが大きく入った(中略)ちょっとダサい(P. 221)」服の着用率も高かったです。
もちろん上野において「消失したもの(P. 468)」が少なからずありはするのでしょうけれど、カオスっぷりは不変である模様でした。
金原俊輔

