『父・夏目漱石』、夏目伸六著、文春文庫、2016年。

著者(1908~1975)は、夏目漱石(1867~1916)の次男です。

父親を回顧した本書は昭和時代に執筆・出版され、最近、文庫化されました。

漱石死去の際に9歳だったので、著者は父親に関してあまり多くの思い出はおもちでなかったようです。
それでもご家族による「漱石論」ですから、文学史的な価値が高いと感じました。

さて、1911年(明治44年)、文部省が漱石に文学博士号を授与したものの、漱石はこれを辞退した、という有名なエピソードがあります。

その結果「漱石は博士号を所持していなかった」と、わたしは信じこんでいました。

しかし、本書「博士嫌いと夏目博士」の章によれば、文部省は漱石に対して「それでもあなたを博士とみなす」という手紙を送っていたとのことです。

この手紙は漱石が亡くなったのち、著者がアルバイトのかたがたと故人の蔵書の虫干しをされていた際に発見しました。

つまり、漱石自身の気持ちに関わりなく、文部省は彼を博士と認定していたわけです。

わたしにとって新しい情報でした。

博士号にまつわる事件は現代にいたるまで種々発生しています。

目立つのは偽りの博士号取得です。

そうしたなかで、文部省と夏目漱石のあいだのトラブルは、稀有なタイプの「事件」だったといえるでしょう。

一方は「授ける」といい、他方は「いらない」と答えているわけですから・・・。

同書では「父と中村是公さん」の章もおもしろく読みました。

金原俊輔