『量子革命:アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』、マンジット・クマール著、新潮文庫、2017年。

量子とは「1900年にマックス・プランクが導入した言葉。彼が黒体放射の分布を再現する式を導くときに使ったモデルにおいて、一個の振動子が放出または吸収するエネルギーの塊のこと(pp.675)」なのだそうです。

本書は、この量子の存在・解釈をめぐり、アルベルト・アインシュタイン(1879~1955)とニールス・ボーア(1885~1962)がおこなった学問的対決を描いたノンフィクションです。

手に汗を握るような展開でした。

アインシュタインもボーアもノーベル物理学賞の受賞者です。
両者は決して嫌い合っていたわけではなく、むしろ評価し合っていた模様ですが、かといってライバルと相まみえる際に学問上の信念を曲げたりすることはありません。

アインシュタインが列車を降りると、ボーアが出迎えに来ていた。それから約四十年を経て、ボーアはこう語った。「わたしたちは市電に乗ったが、話に熱が入りすぎて、降りるべき停留所を乗り越してしまった」。ドイツ語で話していたふたりは、電車に乗り合わせた人たちの怪訝そうな視線にもおかまいなしだった。何を話していたにせよ(その後まもなくゾンマーフェルトが、「現在の物理学における、もっとも重要な発見」ということになるコンプトン効果の話題が含まれていたとみてまず間違いないだろう)、ふたりは降りるべき停留所を通り過ぎては、また戻ってくるということを何度も繰り返した。(pp.261)

こうした調子で議論をつづけました。
引用文内のコンプトン効果というのは「光量子」の実在を確定する証拠だった由です。

本書最終章において、二人の科学者のどちらに軍配があがったかも詳しく説明されていました。

物理学の素人であるわたしには読み進むことが困難だったものの、非常に興味深い内容でした。

上掲書ではアインシュタインやボーアばかりではなく、他の多数の物理学者たちも登場します。

だれもがつぎつぎに新たな研究をし、新理論を提示し、ノーベル賞を受賞してゆくので、読む側になんだかそうしたことが簡単であるかのような錯覚が生じてきます。

もちろん簡単ではないです。
登場人物たちが極度に優秀・天才的なので、簡単に見えてしまう、というだけの話でした。

わたしは「学問の世界あるいは学者・研究者のことを書いたノンフィクションには(とりわけ欧米のノンフィクションには)ハズレがない」と思っています。
本書もハズレではありませんでした。

なにより原著がよかったのでしょうが、日本語訳も丁寧でわかりやすく、「注」や「用語集」までもが備わっていて、読者にとても親切な本と感じました。

これで『量子革命』の紹介を終了します。

以下は(どなたからも要望されていないことを承知しつつ)わたしが読んだ「学問の世界・学者・研究者」関連書籍のトップ・テンの発表です。

テンにちなんで、おおむね最近10年以内の出版物としました。

第1位 『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎』、デヴィッド・エドモンズ、ジョン・エーディナウ共著、ちくま学芸文庫(2016年)

第2位 『「知」の欺瞞:ポストモダン思想における科学の濫用』、アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン共著、岩波現代文庫(2012年)

第3位 『ガロアの生涯:神々の愛でし人』、レオポルト・インフェルト著、日本評論社(2008年)

第4位 『完全なる証明:100万ドルを拒否した天才数学者』、マーシャ・ガッセン著、文春文庫(2012年)

第5位 『博士と狂人:世界最高の辞書OEDの誕生秘話』、サイモン・ウィンチェスター著、ハヤカワ・ノンフィクション文庫(2006年)

第6位 『ビューティフル・マインド:天才数学者の絶望と奇跡』、シルヴィア・ナサー著、新潮文庫(2013年)

第7位 『量子革命:アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』、マンジット・クマール著、新潮文庫(2017年)

第8位 『ファインマンさんは超天才』、クリストファー・サイクス著、岩波現代文庫(2012年)

第9位 『小室直樹の世界:社会科学の復興をめざして』、橋爪大三郎編著、ミネルヴァ書房(2013年)

第10位 『心理学者、心理学を語る:時代を築いた13人の偉才との対話』、デイヴィッド・コーエン著、新曜社(2008年)

このようになります。

なお、第10位の本が上位9冊に匹敵するほど素晴らしいものだったかというと、かならずしもそうとはいえません。
臨床心理学者のわたしにとって、やはり心理学は重要であるため、無理して挿入させていただきました。

そのせいで弾いてしまった、

『放浪の天才数学者エルデシュ』、ポール・ホフマン著、草思社文庫(2011年)

に申し訳なく思っています。

金原俊輔