『悪魔の勉強術:年収一千万稼ぐ大人になるために』、佐藤優著、文春文庫、2017年。

評論家の佐藤氏(1960年生まれ)が2016年に母校の同志社大学神学部でおこなった集中講義の内容をまとめた本です。

講義で出てくる話題は、キリスト教を中心に、他の宗教、語学、政治、文化、人物論……と、多岐にわたっています。
佐藤氏の教養の深さ、博識ぶり、が窺えます。

一例をあげましょう。

著者は学生たちへの勉学のアドバイスとして、

ウィキペディアを使っても構いません。(中略)ウィキペディアは、国によって記述の内容や精度に違いがあるのも事実です。全体的に日本語のウィキペディアは変なものが多い。ドイツ語版は、完璧なぐらいにしっかりしている。それからロシア語版は政府の立場を完全に反映している。(中略)また英語のウィキは、間違ったことや曲解したことを書き込んだら、すぐに議論になって消去されていきます。(pp.152)

こうお話しになられました。

わたしの場合、英語版ウィキペディアはときおり参照しますが、ドイツ語版だのロシア語版だのは言葉がまったくわからないため「開いてみよう」と考えたことすらありません。

語学ひとつをとってもこれほどのお力を有している先生から教われば、受講生たちに力がつくことは必定と思われます。
わたしは大学教師としての自分を省み、力量不足を恥じました。

著者がときおり見せる、学生を導こうとする真摯な姿勢も好ましく、たとえば、

大学生としては、月三冊から五冊の読書は必須です。単行本でも新書本でも文庫本でも、小説でもなんでもジャンルは問わないから。小遣いで購入するのでもいいし、図書館で借りて読んでも構わない。まずは読むこと自体が重要です。(pp.248)

絶対にしてはいけないことがある。それは遅刻です。外国の大学では厳禁で、教室の鍵を締める大学も多いです。それから社会人の遅刻は、決定的に信用をなくします。二、三回遅刻するだけで、常にそういう人だと思われてしまう。(pp.251)

などは、若者が知っておき実行してゆくべき助言で、わたし自身も賛同します。

以上のとおり有益な本でしたが、個人的にすこし気になる部分もありました。

それは佐藤氏がシグムンド・フロイドやカール・ユングの言説を援用しながら論を進めがちなところです。

現在の精神医学と臨床心理学の世界においては、二人は過去の遺物であり、学者あるいは臨床家として多大な尊敬を受けているとはみなしがたい存在です。

その理由のひとつに、彼らの言説にデータの裏付けが伴っていないことがあげられます。

データなしの言説を引き合いに用いるのが「絶対ダメ」というわけではないものの、わざわざ引き合いにだす必然性は乏しいといわざるを得ません。
しかも、フロイドおよびユングを登場させなくても、佐藤氏の論はすでにじゅうぶん成立しています。

佐藤氏にかぎらず、これまでたくさんの評論家が、フロイド、ユング、を重んじる傾向を示してきました。

とはいえ、昨今それは下火になりつつあるのです。

日本国内だと、関東では元々フロイト学派の影響が強く、このフロイトから派生したラカンも次第に影響力を増しています。(pp.50)

日本でジャック・ラカンの影響力が高まっているというのは初耳でした。

事実にそぐわないのではないでしょうか。

金原俊輔