『人の心は読めるか?:本音と誤解の心理学』、ニコラス・エプリー著、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2017年。

アメリカの名門校シカゴ大学で心理学教授をされているかたがお書きになった本です。

「第六感」という言葉を中心にしながら上掲タイトルにまつわる種々の話題、それは人の洞察力や自己中心的な考えやステレオタイプなどなのですが、を解説しています。(※)

著者がいう第六感とは「私たちが日々の暮らしのなかで、相手の考えや感情や望みや意図をとっさに推し量るときに一日に何度もやっていること(pp.14)」の由でした。

これは最近の心理学で用いられている「心の理論」に相当する語でしょう。

さて、本書を読み終えた感想を述べます。

率直なところ、わたしは著者が何をめざしてこの本を執筆したのかが、わかりませんでした。
和訳され文庫化までされた理由もわかりません。

心理学における当たり前の事実がならべられているだけの本だった、という印象です。

イギリスの石油会社であるBP社のトニー・ヘイワードCEOは、史上最悪の原油流出事故後の謝罪のせいで「世界一マヌケなCEO」の称号をもらった。謝罪には自分以外の人間の視点を考えていないことを示す失言が含まれており、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」というマリー・アントワネットの発言にも通じるものだった。彼は「事故を収束させたいと私以上に強く願っている人はいません。私の人生を元に戻してもらいたい」といってのけたのだ。もし彼が、生活の糧を失ったメキシコ湾沿岸の住民の視点を少しでも考えていたら、もっと違ういい方をしただろう。(pp.262)

こういう興味ぶかいエピソードがそれなりに記載されており、その点は長所と感じました。

とはいえ、

人間の賢い頭脳がもたらしてくれる最善のものは、相手の心には自分の想像が及ばない部分があると認める、謙虚な気持ちなのかもしれないのだから。(pp.286)

もし、これが全体の結論である場合、本書を読む前にこの「謙虚な気持ち」をもち合わせていなかったような人がいったい世間にどれほどいるものなのか、疑問をおぼえずにはいられませんでした。

脱力の結論です。

心理学の中身をまったくご存じでないかたが読むとしたら、この本には得るところがあるだろうとは思いました。

(※)ステレオタイプという術語には、社会科学の領域で統一的に使われている定義がなく、集団にたいする型に嵌まった見方を意味したり、その見方の影響を受けつつ当該集団に属する個人を見ることを意味したり、します。

金原俊輔