『アジア キーパーソンで読む未来』、日本経済新聞社編、日本経済新聞出版社、2017年。

上掲書は2017年当時、アジアにおいて活躍していた人々や注目されていた人々を個別に取材し、取材内容を報じた、一種の列伝です。

全部で46名の顔ぶれが登場しました。

国別に見ると、中国が8名、つづいてフィリピンが5名、インド、インドネシア、タイは4名、台湾とマレーシアが3名で、以上のほかにも多岐にわたる国々の人が取材に応じています。

ビジネス領域に身を置かれている諸氏が中心でした。

みなさま、世界的大企業に入社されたり自ら起業されたりしたのち、ご努力およびご工夫の結果、頭角をあらわされています。

マレーシア出身のオリビア・ラム氏(1962年生まれ、女性)の場合は、

大学を卒業して英系製薬大手のグラクソの現地法人に入社すると、薬品製造工程で出る廃水を処理する部署に配属された。社内の水浄化に多額の費用を投じるのを見て「これは売れる」と起業を思い立つ。(中略)
寒村で孤児として生まれ、水道も電気もない貧しい家に引き取られた。幼い頃から井戸への水くみが日課だった。「重いバケツを抱えて家に戻ると水がこぼれて半分くらいになる。苦痛だった」。同じく引き取られた姉のように13歳で働きに出るよう言われたが、勉学で優秀な成績を収め、進学を認められた。(pp.176)

やがて彼女はシンガポールへ移り住み、その地で興された水処理会社「ハイフラックス」は、いまや従業員2800名、時価総額3億9000万シンガポールドル(約310億円)、にまで成長しました。

創業時の従業員数は2名だったそうです。

アジアにはこういうエネルギッシュな人間がひしめいており、そして現在、世界の全人口の半分がアジア人となりました。

『アジア キーパーソン~』書によれば、

人口を本当の「力」に変え経済的繁栄を謳歌する。それに伴い文化や芸術、スポーツなどあらゆる分野でアジアの人々が能力を発揮する場面も増えるだろう。(pp.271)

とのこと。

欧米などではこういう将来を恐れて「黄禍論」が復活してしまうかもしれません。

本書で紹介されたエピソードのひとつひとつがわたしには参考となったのですが、なかでも中国の金立群氏(1949年生まれ、男性)。

文化大革命の時代に政府の方針で地方の農村へ追放されました。

かやぶきの農家で暮らす日々。農繁期は1日に15時間以上働くこともざらだ。(中略)
多くの知識青年は勉学を諦めたが、「金だけは毎晩遅くまで、ランプの下で外国語の本を読んでいた」。金にとってつらかったのは、農作業よりも、夏の夜の蚊の襲撃。村の古老、陳永明は「金は蚊に刺されないよう、漬物用の大きなかめに両脚を突っ込んで読書していた」と語る。
金は後に当時をこう振り返っている。「毎日仕事があるから勉強する時間がないというのは、ばかげた話だ。狂おしいほどの知識への飢餓感があった」。(pp.88)

頭が下がります。

金氏は中国が主導する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の初代総裁になられました。

わたしは日本人として同銀行に強い警戒心をもっています。

しかし、彼のようにご立派な人物が率いていらっしゃることは、大慶至極といわざるを得ません。

金原俊輔