『知性は死なない:平成の鬱をこえて』、與那覇潤著、文藝春秋、2018年。

東京大学および同大の大学院でご勉強を終え、地方国立大学の准教授になられた著者(1979年生まれ)。

うつ病にかかってしまい、大学のお仕事を辞められましたが、治療に専念された結果、病気は治りました。

本書の前半は、その体験をくわしく語った闘病記です。

わたしはカウンセラーですので機会があればうつ病について学んでいますし、そのうえ著者の旧お勤め先が(わたしと同じく)大学で、個人的に近しさをおぼえる内容でした。

病気に関する話ばかりではなく、後半、著者が本来お得意とする評論ものびのび書かれていました。

舌を巻くほどの教養のもちぬしであることが窺えます。

とりわけ第5章「知性が崩れゆく世界で」が圧巻でした。

書中、著者は病気のせいで頭が働かなくなったと何度も嘆かれていますが、このような闘病記・評論をものにされたのは、きっとうつ病が「完全寛解」したからなのでしょう。

よかったと思います。

著者は、白取春彦著『超訳 ニーチェの言葉』、ディスカヴァー・トゥエンティワン(2010年)という作品がニーチェの言説と真逆のことを述べている点を非難して、

ニーチェはいまある社会の秩序や価値基準に適応し、その内側でのみ成功しようとする俗人を、徹底的にさげすんだ人でした。
その人の原稿から「いい感じの自己啓発の本」をつくるのは、『「蟹工船」で学ぶ!効率的労務管理』というビジネス書を出すのとおなじくらい、原著者に失礼なことだと思います。(pp.151)

以上のように、ユーモアも冴えています。

ほかのところでもいくつか批判的書評をしておられ、参考になりました。

博識な著者が、一箇所、やや自信なさげにお書きになった文章があります。

岸見一郎・古賀史健共著『嫌われる勇気:自己啓発の源流「アドラー」の教え』、ダイヤモンド社(2013年)内に、フロイド、ユング、アドラー、が心理学の「三大巨頭」と書かれていた件で、

ほんとうにそうなのか。私は心理学者ではなかったので、断定はできませんが、率直にいって、かなりあやしい印象を持っています。(pp.153)

ごもっともな疑念です。

深層心理学の世界において、フロイド、ユング、アドラー、が並び称される場合は、たしかにあります。

しかし、アドラーは深層心理学と袂(たもと)を分かった人物なので、ご本人にしてみれば不本意でしょう。

アメリカ心理学会の会員たちを対象にした定期アンケートでは、彼らが仰ぎ見る最も偉大な心理学者として、

シグムンド・フロイド(1856~1939)

ジャン・ピアジェ(1896~1980)

B・F・スキナー(1904~1990)

ほぼ毎回、この3名が選ばれます。

だれが1位となるかは、アンケートの年次によって異なります。

金原俊輔