最近読んだ本629:『ニッポンの思想 増補新版』、佐々木敦 著、ちくま文庫、2023年

わたしはむかし上掲書の旧版である、

佐々木敦 著『ニッポンの思想』、講談社現代新書(2009年)

を読んだのですが、今回「増補新版」が出たので、再度読みたくなり入手しました。

批評家の佐々木氏(1964年生まれ)が現代日本の各種思想を整理なさった作品です。

書中、第9章および第10章が、追加されていました。

冒頭から改めて読みだすや、氏の読解力と博識ぶりへの驚嘆が途切れません。

わたしは「佐々木氏は、こうやって他人の思想を追うよりも、おもちであろうご自分の独自思想を語られるべきではないか?」と思ったほど、すごい才能を感じました。

さて、本書においては、中沢新一氏(1950年生まれ)、浅田彰氏(1957年生まれ)、宮台真司氏(1959年生まれ)、福田和也氏(1960年生まれ)、東浩紀氏(1971年生まれ)……こうした錚々たる論客が入れ代わり立ち代わり登場。

皆さまの話がむずかしく、未読の書籍も多く、わが知性の乏しさ・勉強不足を痛感させられます。

いっぽう、こんな考えかたやこんな話の進めかたに何の価値があるのだろうかと、批判的に受け止めた箇所も少なくはありませんでした。

かなり時間をかけ『ニッポンの思想 増補新版』を読了。

以下、著者の佐々木氏に対して抱いた疑念を、ひとつ述べます。

いわゆる「ソーカル事件(pp.264)」に関して。

ソーカル事件とは、米国の物理学者アラン・ソーカル博士(1955年生まれ)が高名なポストモダン哲学者たちの言葉づかいを模したデタラメ論文を思想系専門誌に投稿したところ、それが受理されてしまった、という騒ぎです。「最近読んだ本126」

当方の場合、

アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン 共著『「知」の欺瞞:ポストモダン思想における科学の濫用』、岩波書店(2000年)

で、くわしい経緯を知りました。「最近読んだ本53」

佐々木氏は同事件に関してお書きになっているものの、長さはわずか4ページ程度。

「ソーカルの狙い(pp.265)」は、

一種の「カルチュラル・スタディーズ批判」であり、「ポストモダン哲学批判」でもあり、ニッポンにおいては、ある意味では「ニューアカ批判」でもある(後略)。(pp.265)

であるならば、ソーカル事件を通し『ニッポンの思想 増補新版』であつかった人びとや思想のほとんどが批判されたことになるわけで、したがって佐々木氏が軽視してはならない、本書の存在意義にかかわる、由々しき騒動ではなかったでしょうか?

それなのに事件についてあまり言及なさらなかったのはご都合主義と言わざるを得ません。

氏は、ソーカル博士の行為に共鳴するにせよ、しないにせよ、できごとをしっかり振り返り、ご自分の意見を詳述されるべきでした。

金原俊輔