『証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人』、西崎雅夫編、ちくま文庫、2018年。

あまりにも読み進むのがつらかった本です。

1923年(大正12年)9月に発生した関東大震災。

地震の直後、被災者たちのあいだで「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの流言蜚語が広がり、その結果、多数の在日朝鮮人のかたがたが日本人の手によって虐殺されました。

犠牲者数は千名から数千名といわれています。

わたしは以上の史実を知識としてはもっていましたが、実態がここまで凄惨だったというのは、上掲書をとおして初めて知りました。

十三になる男の子あり(中略)
襲われ片目はつぶされ からだ中疵穴だらけで病院に飛び込み来る(中略)
どうか助けてとおがむばかりに頼む
不憫に思い手当してやる
すると之を聞いた民衆が承知せぬ 出せ出せと云う
已むなく因果を含めて出て貰う
跡ふり返りながら悄然として出て行く
すると物の一時間も立たぬうちに死骸となりて運び込まれた(pp.112)

四日目ぐらいになると、朝鮮人狩りが本格的になった。(中略)
小名木川には、血だらけの死骸が、断末魔のもがきそのままの形で、腕を水のうえへ突きだしてながれていた。(pp.163)

上野公園の小松宮銅像前の交番のところに、七、八人の朝鮮人がハリガネで両手をうしろ手にしばられてころがっていました。顔も手足も傷だらけだった。(pp.178)

『証言集~』に登場してくる市井の人々が示した軽挙妄動、差別意識、粗暴さ、残虐非道ぶり、そして罪悪感のなさ、つくづく日本人のひとりであることがイヤになってきます。

救いがたいほどの民度の低さです。

まさしく「衆愚」の代表例です。

文化人らとて、温情の欠如、冷静さの不足に、ちがいはありませんでした。

たとえば田山花袋(1872~1930)は、

花袋翁は言ったものである。
「昨夜、夜警をしていたとき、近所をうろついていた朝鮮人が、追われて僕の家の庭へ逃げ込んできて、縁の下へ隠れてしまったんだ。僕はそいつを引きずり出してぶんなぐってやったよ」(pp.151)

だったそうです。

まだ100年も経過していない、つい先日の話。

恥ずべき歴史ながら、ゆめ忘れてはなりません……。

さて、わたしはしばしば当コラムでこの種の事象を題材に心理学的な分析を試み、「特定の人物や民族だけにではなく、人類全般に見られる傾向」と結論しがちでした。

今回の場合、

G・W・オルポート、L・ポストマン共著『デマの心理學』、岩波現代叢書(1952年)

G・W・オルポート著『偏見の心理』、培風館(1968年)

ギュスターヴ・ル・ボン著『群衆心理』、講談社学術文庫(1993年)

といった専門書の言説を援用したいところです(3冊とも名著です)。

しかし、それをやるのは「卑怯な責任逃れ」でしょう。

他の国民のありようはともかく、ほかでもないわれわれ日本人が、わずか1世紀前に、ほかでもない朝鮮半島ご出身者たちに、目も当てられない残虐行為をおこなったわけです。

わたしたちの心のなかには未(いま)だに強い差別意識や残虐非道さが潜んでいる、と想定せざるを得ませんでした。

編者の西崎氏(1959年生まれ)は、日本人のメンタリティを検討するうえで、非常に重要な書物を出版されました。

感謝いたします。

氏は「編者解説」において、こうお書きになっています。

今でも大きな地震があるたびに外国人を排斥するデマが流れる。「朝鮮人を殺せ!」というヘイトスピーチが大音量で街頭を流れる。日本社会には95年前と変わらぬ光景が現れつつある。(pp.413)

猛省したのち、ぜひとも是正しなければならない、不健全な風潮です。

金原俊輔