最近読んだ本202

『特攻隊振武寮:帰還兵は地獄を見た』、大貫健一郎、渡辺考共著、朝日文庫、2018年。

特攻兵として出撃しながら、種々の事情で敵艦への体当たりには至らず、基地まで生還したパイロットたち。

彼らは軍によって「振武寮」という名称の施設へ送られ、監禁されました。

著者の大貫氏(1921~2012)も収容されたおひとりです。

出撃前には「軍神」と呼ばれ、生き神様として扱われた我々特攻隊員でしたが、生き残るや一転、国賊扱いとなったのでした。(pp.4)

振武寮では、

「なんで貴様ら、帰ってきたんだ。貴様らは人間のクズだ」
我々は炎天下で倉澤参謀から怒鳴られ続けました。
「そんなに命が惜しいのか。いかなる理由があろうと、突入の意思がなかったのは明白である。死んだ仲間に恥ずかしくないのか」(pp.233)

まさに生き地獄でした。
「先に入寮している隊員たちとはけっして話をしてはいけない」(中略)
外出はおろか手紙も電話も禁止され、外部との接触の手段の一切を断たれたのです。つまりは軟禁ということで、罪人扱いをされたわけですよね。(pp.234)

喜界島でわざと飛行機を逆立ちさせ出撃を回避したI隊長に対しては徹底して厳しく接していました。
I隊長は毎日殴られていましたが、そのときの倉澤参謀の科白(せりふ)はいつも同じです。
「士官学校の卒業生が生き恥をさらすなどということは、建軍(けんぐん)以来の不祥事だ。軍服を脱げ」
「おまえのことを軍法会議にかけるよう上申しておいた」
とにかくねちねちと執拗(しつよう)にいびられていました。(pp.242)

こうした屈辱・艱難を味わったそうです。

しかし本書は、同寮の実態暴露を主目的とした作品ではありません。

特攻隊に身を置かれていた大貫氏の体験を軸に、太平洋戦争の勃発と展開、局地戦の形勢、特攻作戦が決定したいきさつ、陸海軍上層部のありよう、特攻隊員諸氏の横顔や逸話、敗戦後の日本の状況、などが詳述されている、一種の年代記でした。

わたしはこれまで特攻隊に関する小説およびノンフィクションを少なからず読んできました。

戦争の悲惨さそして戦争が起こっている時代に生きた若者たちの苦悩を慮(おもんぱか)らないではいられない、魂が揺さぶられる秀作ばかりでした。

とりわけ、

城山三郎著『一歩の距離:小説予科練』、文藝春秋(1975)

城山三郎著『指揮官たちの特攻:幸福は花びらのごとく』、新潮文庫(2004)

の二冊が、印象にのこっています。

『特攻隊振武寮』もまた佳編であり、先の「戦争の悲惨さそして戦争が起こっている時代に生きた若者たちの苦悩を慮らないではいられない」と相似の読後感をいだきました。

わたしが述べた感想「戦争の悲惨さそして~」が、月並みな表現に過ぎないことは重々承知しています。

しかし、ほかの言葉が出てきません。

感想に沿い、『特攻隊振武寮』を参照しながら、ここで「戦争の悲惨さ」に目を向けましょう。

特攻隊の攻撃を受けた、駆逐艦ラッフェイ号に乗船していたアメリカ人の回顧談がありました。

2時間にわたっておよそ50の特攻機から絶え間ない攻撃を受けた。船体を揺らして攻撃をかわしていたラッフェイだったが、海面すれすれに近づいてきた特攻機は主砲でとらえることができなかった。最初の突入となる特攻機はそのまま船の中央部にある20ミリ砲台に激突、米兵3名が犠牲となった。船尾からあがる黒煙に紛(まぎ)れてもう一機の特攻機が接近して激突、甲板の下は修羅場となった。(pp.127)

戦時中、軍人はこれほどまでにすさまじい命のやりとりをしなければならなかったと想像すると、わたしは深甚な恐怖をおぼえます。

さらには戦争が極めて悲惨であることを思い、暗澹たる気もちにもなります。

つぎに「戦争が起こっている時代に生きた若者たちの苦悩」。

出撃まぢかな特攻隊員の皆さまの様子が紹介されていました。

当時の写真がテレビや雑誌などで紹介されることがあります。多くは屈託のない笑顔を浮かべている若者の写真ですが、私が知っている限り、あんな笑顔を浮かべる隊員などひとりもいなかったし、そんな心の余裕はありませんでした。
みな荷物を解くと、思い思いに最後の時を過ごしていました。何かを考え込んでいる者、毛布の上に横たわってじっとしている者、一心不乱に何ごとかを書いている者、車座になって神妙に語り合う者たち。兵舎には息苦しい雰囲気が充満していたのです。(pp.161)

つらかったでしょう。

わたしの毎日の生活内で生じる苦悩などとは、レベルの懸隔があります。

過去の悲惨な体験や人々の苦しみのおかげで、相当に平和な今の日本ができあがりました。

わたしはご恩に感佩(かんぱい)しています。

以上、とても重たい内容を有する『特攻隊振武寮』でしたが、読む価値が高い一冊と感じました。

金原俊輔

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