最近読んだ本651:『もう一つの「幕末史」』、半藤一利 著、PHP文庫、2024年

半藤氏(1930~2021)が博学でいらっしゃり、歴史に造詣が深いかたであったことは、周知の事実です。

わたしもまた氏に対し同様の印象をもっています。

ただし、この『もう一つの「幕末史」』。

タイトルに「もう一つの」という言葉をお入れになったからには、半藤氏は、なんらかの形で一般に知られていない幕末期のできごとやこれまで見過ごされてきた幕末史への新視点を提出なさらないといけなかったのでは?

しかるに、本書にそうした話題は記されていません。

日本史好きな読者だったらすでに知悉しているエピソードばかりでした。

おまけに、読んでいて「?」を感じるような箇所も散見され……。

上記「?」に関する例をあげます。

まず、ひとつめ。

俗に明治政府の大方針を「富国強兵」と言いますが、よく考えると「富国」と「強兵」はなかなか両立しない政策なのです。軍隊を強くしようと思えばお金がかかるし、商売を盛んにしようとすれば簡単に戦争はできない。二律背反ですね。(pp.54)

明治政府のスローガン「富国強兵」は「西洋列強の植民地になってたまるか」という思いの表明だったわけですが、同時に「今後、わが国は帝国主義で行くぞ」なる所願も含まれていたのではないでしょうか。

戦争で勝って[強兵]植民地を獲得し、獲得した植民地で産業を興し自国を富ませよう[富国]、こんな胸算用を忍ばせていたように想像されます。

なお、わたしは、日本の帝国主義が妥当だった、植民地を所有したのは正しかった、などと申しているのではありません。

富国強兵の概念は「二律背反」ではない、「政策」として「両立」する、こう述べているのです。

もうひとつ、当方が「?」を感じた例をあげます。

第5章内の「日本人の深層心理に流れる『攘夷の精神』(pp.196)」項より。

半藤氏は、日本人には外国人を撃ち払おうとする攘夷の精神がずっと「地下水脈のように流れ続け、ことあるごとに形を変えて噴き出してくる(pp.197)」、かく指摘されたうえで、

大和魂という精神論で欧米と戦ってしまった太平洋戦争そのものが攘夷の精神の暴発であったと見ることもできます。
日米経済交渉などを見ても、どうも日本という国は、外圧に対する反応として、攘夷の精神が噴き出してしまうと思えるのです。
これは、国際社会のなかで日本が生きていく上で、まことに厄介な問題です。(pp.197)

日本人に「攘夷の精神」の傾向がある件は認めます。

けれども、攘夷傾向は世界のどこにおいても見られる外国人排斥・異民族排斥の様態の域を特段出ておらず、「外圧に対する反応として」当該傾向が「噴き出してしまう」展開はどの国の場合も大同小異、けっして「日本という国」だけが抱える「問題」ではないでしょう。

もしも日本人が攘夷精神の権化であるならば、第二次世界大戦敗戦後の連合軍GHQの日本占領時に邦人によるゲリラ戦やテロが多発したはずであり、しかし実際のところそういった騒乱は皆無に近かった史実が、半藤氏のご主張への反証となり得ます。

以上、ふたつの例を用いて私見を書きました。

グチグチ異論を唱える内容となりましたが、わたしが半藤氏に抱く敬意は変わっておりません。

同氏が本書第4章「圧倒的薩長軍に抗した『ラストサムライ』(pp.145)」でお示しになった越後長岡藩家老・河井継之助(1827~1868)への惻隠の情には、好感をおぼえます。

金原俊輔