最近読んだ本316

『体育会系上司:「脳みそ筋肉」な人の取扱説明書』、榎本博明著、ワニブックスPLUS新書、2020年。

わたしは「体育会系」だし「上司」でもあります。

むかし、剣道・ラグビー・柔道・合気道をやっていました。

格闘技に偏った体育会系なのです。

そして勤務した大学では学部長だった時期があり、いまは会社で複数の部下を擁しています。

本書のタイトルを見たとき、さっそく読んで「自分の体育会系ならではの短所に気づき、おのれを戒め、上司としてのありかたを改善しよう」と考えました。

「脳みそまで筋肉でできている」と侮蔑された経験はないものの、ひょっとしたらわたしのことをそのように低評価している人がいるかもしれませんし。

ところが……。

榎本氏(1955年生まれ)が縷々(るる)記された事例は、体育会系の語を超えて日本社会でかなり普遍的に見られる問題点、体育会系であろうとなかろうと少なからぬ日本の上司たちが有する問題点、ばかりでした。

著者ご自身も、

何も体育会系組織だけが特殊なのではない。というよりも、日本的組織はみんな体育会系的組織の特徴をもっているのである。(pp.124)

つけたタイトルと中身とが一致していない件を遠回しに認めているかのような文章をお書きになっています。

だったら途中で軌道修正をなされば良かったのに……。

ひとつ引用しましょう。

電通の(中略)社員手帳にも印刷されているという「鬼十訓」には、「一度取り組んだら『放すな』目的完遂までは殺されても放すな」といった、過労死を連想させるような過激な表現さえみられる。(pp.131)

これのどこが体育会と関係しているというのでしょうか?

もし、著者が「体育会系は過労死を厭(いと)わないぐらい物事へ無鉄砲に取り組む連中」と理解されているとしたら、間違っています。

真正の体育会系ならば、毎日ちゃんとした栄養を摂って健康を維持し、よく眠り、練習のし過ぎで疲れないようトレーニング量にも気をつけて、つねに自分をベストな状態にもってゆこうと腐心。

しかも、わが身のベスト追求だけではなく、チームの仲間たちにも同様の慮りをします。

試合が近づいた際には、まるで病みあがりであるかのような感じでおそるおそる立ち居振る舞い、身体を大事にするのです。

彼ら・彼女らはきっとこうした態様を職業生活にも応用していることでしょう。

つまり、過労死にいたる働きかたとは顕然たる隔たりがあるわけです(電通で過労死された社員を悪く言ってはおりません。その女性は過労死を強いられた状況でしたから)。

著者は本物の体育会とは無縁で、せいぜい「私はスポーツ観戦が大好きだ(pp.204)」程度だったため、ピントが合わない内容になってしまったのではないでしょうか。

書中いろいろな心理学用語が登場してきた傾向を当方も真似しますと、著者は体育会系への「ステレオタイプ」に引きずられつつご執筆なさった模様です。

よろしくありません。

この『体育会系上司』では、昨今のスポーツ界での不祥事についてもあれこれ考察がおこなわれました。

しかし、それらは運動部内やスポーツの協会内でのできごとであって、一般の職場で上司が部下に何かをしでかした事件ではないのです。

期待はずれな読物でした。

体育会経験者である上司が非体育会系の部下に接する場面で注意しておくべき種々の事柄を教示していただきたかったと思います。

金原俊輔

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