最近読んだ本320

『「反権力」は正義ですか:ラジオニュースの現場から』、飯田浩司著、新潮新書、2020年。

ひたむきな主張が展開されている本です。

ラジオニュースご担当のアナウンサー飯田氏(1981年生まれ)が、マスコミによる紋切型の発想・表現、科学データに基づかない議論、「反権力」を錦の御旗とした偏り、などを糾弾なさいました。

糾弾行為にいたる前に、沖縄県辺野古を訪問し、東日本大震災の被災地に足を運び、各種資料を読み、人々と会い……、すごく精力的な取材をおこなわれています。

たとえば氏は、2019年10月に「韓国陸軍出身で国民大学校政治大学院の朴輝洛(パクフィラク)教授(pp.73)」と話し合われました。

朴氏は、韓国駆逐艦による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射事件や、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄決定も、文政権に責任があると指摘し、「日本政府には、関係を良くする努力も、悪くするような決定もしてほしくない」と言いました。(pp.73)

重要な発言を引きだしておられます。

前者「レーダー照射事件」が生じたのは2018年12月でしたから、上記話し合いの際には(韓国側は何ら認めようとせず謝罪もしなかったのですが)ある程度沈静化しており、いっぽう後者、文大統領が述べた「GSOMIA破棄」は2019年8月だったので、騒ぎ真っ最中の時期でした。

ほかの例をあげます。

日本が2010年以降数回にわたって断行してきた「金融緩和政策」の光の側面について。

ここ4年でようやく4000人を割った「経済・生活問題」を原因とする自殺者数。これに間違いなく作用しているのが、金融緩和による失業率の改善です。(中略)
2019年9月の完全失業率は2.4%でした。繰り返しますが、この完全失業率と「経済・生活問題」を原因とする自殺者数にはかなりの連動がありますから、自殺者数の減少は金融緩和の効果といえるのではないでしょうか?(pp.149)

こうした分析をお示しになり、わたしは啓発されました。

多面的な情報を駆使された著者の「反『反権力一辺倒』」論は読者を説き伏せると考えます。

最後に、わたしが『「反権力」は正義ですか』のページを繰りつつ非常に印象深く感じたのは、下の文章でした。

これは福島第一原発がタンク内のトリチウム水を海に放出するかどうかの問題を語っているなかで書かれたもの。

トリチウム水は科学的に安全、しかし、放出によって「東北地方の水産物は危ない」といった風評発生の可能性を心配する声がある、こんな状況を描写したうえで、

農業のときもそうでしたが、科学が風評に負けているようで、非常にもどかしく思えます。(中略)
メディアの役割はどこにあるのでしょうか? 科学的に安全なのであれば、報道する者としては「安心への懸念」にも配慮しながら、安全という「事実」に立脚した報道をすべきなのではないでしょうか?(pp.117)

まず、著者は「科学的に安全」を素朴に受け止めすぎていらっしゃるように思いました(反例として「薬害サリドマイド禍」をあげておきましょう)。

そうはいっても、お書きになっている「メディアの役割」には賛同します。

当方は行動主義心理学者として「科学が風評に負けてはならない」「懸念より事実が大事」このように信じているからです。

臨床心理学者の立場からは「人はしばしば科学よりも風評のほうを重視する」「事実は懸念の前で霞(かす)んでしまう」と理解できますが。

どちらかひとつをきっちり選べと言われたら、わたし自身は迷いなく科学や事実のほうを選びます。

金原俊輔

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