最近読んだ本715:『世界の旅先で、「日本」と出会う』、早坂隆 著、PHP文庫、2025年

わたしは早坂氏(1973年生まれ)の旧著である、

『戦時下のノーサイド:大学ラグビー部員たちの生と死』、早坂隆 著、さくら舎、2022年 「最近読んだ本537」

に、深い感銘を受けました。

そして先般、大型書店の店内を浮遊していたときに、この『世界の旅先で~』を見かけ、「おお、こんな本もお書きになっているのか!」と、迷わず手に取った次第です。

早坂氏が、中国、モンゴル、ルーマニア、チェコ、ポーランド、バルト3国、コソボ、トルコ、シリア、イラク、イスラエル、サイパン、パラオ、フィリピン、台湾、などを歴訪され、行った先々での見聞を冷静に報告した紀行文。

世界と日本のつながりに思いをはせる内容でした。

ただ、先ほどわたしは「冷静」と形容しましたが、一箇所だけ、冷静さを捨ててムキになっていらっしゃるくだりがあります。

氏が「パレスチナのヨルダン川西岸地区に位置するベツレヘム(P. 185)」まで足を運ばれ、イスラエル軍による空爆の結果を視察した際、日本メディアはパレスチナの惨状をいったいどう報じているのか、確認をなさいました。

すると、

その日、最も大きく報じられていたのは、「多摩川に出没したアザラシのタマちゃんが行方不明。ケガをしたかもしれない」というニュースだった。私は前日に見たパレスチナ人たちの黒焦げの遺体を思った。日本人にとっては、パレスチナ人よりもアザラシの方が重要なのか。私は祖国の現状を深く恥じた。(P. 187)

真摯なご反応と感じました。

しかし、引用に関して、私見をふたつ述べさせていただきます。

まず、ひとつ目。

タマちゃんが関東各地に現れたのは2002年でした。

当時、メディアはたしかにその件を大きくあつかったものの、おそらく他のページやチャンネルや場所で、イスラエルのパレスチナ攻撃も継続的に報道していたはずです。

同地の被害に応じ「最も大きく報じられ」た可能性すらあります。

資料を所持していないため、確認はできませんが……。

ふたつ目です。

仮りに、そのころの日本において空爆のニュースが皆無で、いっぽう、アザラシの動静は喧伝されていたとしても、世の中とは、人とは、そういうものなのではないでしょうか?

世の中も、人も、不合理なのです。

世界情勢に影響をおよぼす深刻な事案よりアザラシの姿が見え隠れした話題のほうに関心が向かってしまうぐらいのことは、普通に起こり得るわけです。

以上、個人的な考えを記しました。

『世界の旅先で、「日本」と出会う』に戻りますと、書中、当方が知らなかった史実・逸話がたくさん紹介されています。

そのうちの、樋口季一郎(1888~1970)。

昭和13(1938)年3月、満洲のハルビン特務機関長だった樋口は、ナチスの迫害からソ連国境の地まで逃れてきたユダヤ難民に対し、特別ビザの発給を実現させた。満洲国外交部が難民の入国を拒んでいたのに対し、樋口がビザを発給するよう指導したのである。(中略)自身の失脚を覚悟した上での行動であった。
この「ヒグチ・ビザ」により、多くのユダヤ人の命が助けられた。杉原の救出劇より2年以上前の話である。(P. 191)

国の意向よりも人命を重んじてユダヤ難民を救ったのは、有名な杉原千畝(1900~1986)だけではありませんでした。

そのユダヤ人たちが創建したイスラエルは、長らく周辺諸国や地域を圧迫していて……。

世の中も、人も、さらには国家も、不合理なようです。

金原俊輔