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『英国名門校の流儀:一流の人材をどう育てるか』、松原直美著、新潮新書、2019年。

日本人女性がイギリスの「パブリック・スクール」にて日本語を教えられた体験記です。

パブリック・スクールとは同国に固有な「私立中高一貫校(pp.3)」で、

それらのうち数百年の歴史を紡ぐ特に有名な学校群には世界中から生徒が集まり、社会的に影響力を持つ卒業生を輩出している。(pp.3)

というもの。

「特に有名な」パブリック・スクールは、

イートン校(Eton College)を中心とした学校グループに所属する12校と、ラグビー校(Rugby School)を中心とした学校グループに所属する18校の計30校(後略)。(pp.14)

です。

著者(1968年生まれ)は、このうちのハーロウ校で勤務なさいました。

それにより、

同校の教育の目標は明確だ。
「社会に資する人間を育てる」
すべての活動がこの目標を達成するために収れんされていた。(pp.5)

あるいは、

「学業の成功だけでなく、多くの機会を与え、生徒が実りある人生を送れるよう資質や才能を引き延ばし、社会に奉仕できる人に育てる」
これらは男子校、女子高にかかわらずパブリック・スクールが共通に掲げる目標だ。(pp.205)

崇高な教育方針と方針に応える力をもった生徒たちを目の当たりにされたのです。

イギリスでのパブリック・スクールの存在感は、

政界を見ると、(中略)歴代首相の約7割がパブリック・スクール出身者であり、出身者が入閣していない期間はほとんどない。
宗教界ではイングランド国教会のカンタベリー大主教にも選出されている。ノーベル賞受賞者も多い。法曹界も卒業生が大多数を占めている。
その他、経済界、医学界、スポーツ界、芸能界でも状況は同様である。(pp.14)

圧倒的です。

それほどまでにすごい教育機関の内実を知ることができるという意味で、本書はたいへん有益な一冊でした。

さて、わたしがパブリック・スクールで想起する読物は、

池田潔著『自由と規律:イギリスの学校生活』、岩波新書(1949年)

ジェームズ・ヒルトン著『チップス先生さようなら』、新潮文庫(1956年)

以上の2冊。

どちらも名著中の名著です。

2冊に比べると『英国名門校の流儀』は学校案内パンフレットに類する話の進めかたをしており、やや印象が薄い気がしました。

読者の心に残り得るエピソードを長めにくわしく書きこめば良かったのではないかと感じます。

もうひとつ意見があります。

本書ではところどころで著者による日本の中学や高校とパブリック・スクールとの比較がおこなわれていました。

けれども、パブリック・スクールは「王族、貴族や新興の富裕層が通う学校(pp.13)」であって、そのうえ「入学への『お受験』の道のりは幼稚園を決める段階からすでにはじまって(pp.196)」おり、しかも「応募生徒の倍率は約5倍(pp.24)」。

わが国の一般的な中学校・高等学校との比較は、酷というか、不要でしょう。

他方、ハーロウ校に付属する寮の話題において、

平日は宿題をする時間が9時まで続く。(中略)
生徒がインターネットのサイトで答えを調べたり、サイトに載っている論文をそのまま宿題として提出したりすることを避けるため、この時間はインターネットに制限がかかっている。(pp.153)

ネット対策を講じなければならない学校側のご苦労はどこも同じみたいです。

最後のコメントとなりますが、わたしはイギリスが示すパブリック・スクールを通して自国文化および自国の伝統を守ろうとする姿勢に、尊敬の念をいだきました。

金原俊輔

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