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『この名作がわからない』、小谷野敦、小池昌代共著、二見書房、2019年。
世間で「名作」と称されている文学作品のうち、じつは名作ではないものが一定数含まれているのではないか、名作あつかいすべきでないものが少なからずあるのではないか……。
上記の問題意識に基づいて、小池氏(1959年生まれ)と小谷野氏(1962年生まれ)が対談をなさいました。
小池氏は作家、小谷野氏は学者です。
対談で語られた作品は、三島由紀夫の『金閣寺』『仮面の告白』、川端康成『雪国』、谷崎潤一郎『鍵』『瘋癲老人日記』『蓼喰う虫』。
外国作品では、F・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』、テネシー・ウィリアムズ『欲望という名の電車』、ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』、フローベール『ボヴァリー夫人』、トルストイ『アンナ・カレーニナ』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』、などが登場します。
さいわい(全部でなかったとはいえ)わたし自身もかつて目を通した小説が多く、博識なおふたりのやりとりに追随してゆくことができました。
さて、わたしは高校生だったころに、
川端康成著『雪国』、旺文社文庫(1966年)
を読み、「こんな小説がどうして有名なのだろう?」と不思議に思った経験があります。
すると、
小谷野 私は高校2年の冬に『雪国』を読んで、「なんでこれが名作なの?」と思ったんです。
小池 わからないところいっぱいあるものね。(pp.160)
当方だけではないみたいでした。
ただ、おふたりは『雪国』を酷評なさらず、どちらかといえば甘くて、
小谷野 私は一時期考えたのは『雪国』は雰囲気小説だということです。(pp.166)
独自の味わいかたも提示され、かばう姿勢を見せられました。
ほかの例では、
小池 私、ボルヘスはわからない。
小谷野 私もなんでそんなにボルヘスがすごいのかわからない。あの人の場合は目が見えないとか、ラテンアメリカだとかがあるんじゃないでしょうか。
小池 アルゼンチンに行った時にボルヘスの奥さんに会いました。ボルヘスの奥さんは日系の人なんですよね。
小谷野 私はナボコフよりヘンリー・ミラーのほうがずっといいと思いますけどね。
小池 私もそれは賛成します。ボルヘスとナボコフはあまり面白く読めません。(pp.139)
率直かつ辛辣なお言葉がつづきます。
本書の終盤に入ると、ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』を俎上に載せながら、
小谷野 日本は潜在的なキリスト教徒がやたら多いんです。つまりキリスト教に帰依しているわけでもないし、教会へ行くわけでもないのに、キリスト教の議論を聞くと本気で参ってしまう。たとえば『カラマーゾフの兄弟』でいえば、「大審問官」ですね。神がいなければ何をしても許されるのか、そういうのを読むと「あっ!」と感心しちゃうわけです。バカなんですよ。あいつらは。
小池 (笑)。(pp.239)
こういう穿(うが)ったご意見を出されました。
「日本は」を「日本のインテリには」へ変更すれば、たしかにご意見が成立すると考えます(インテリではない現代日本人はそもそも『カラマーゾフの兄弟』を読みませんし、たとえ読み始めても「大審問官」までたどりつけないでしょう)。
小谷野氏がぐいぐい会話を引っぱり、小池氏が利発な弟につき合う落ち着いた姉のような感じで話を整理する、そんな家族的雰囲気がただよう対談でした。
金原俊輔