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『大学教授、発達障害の子を育てる』、岡嶋裕史 著、光文社新書、2021年。
岡嶋氏(1972年生まれ)は中央大学国際情報学部の教授で、ご専門は「情報ネットワークや情報セキュリティ(pp.4)」です。
自閉症スペクトラム障害の息子さんがいらっしゃり、ご自身も「自閉的といえば自閉的である(pp.28)」「境界線上(pp.109)」。
本書は、そうした父親の子育て奮闘記なのですが、発達障害とくに自閉症の解説書としての価値すら有している優良な一冊でした。
医師や臨床心理士にたいする疑義、試みた検査・治療法の総括、特別支援教育への感謝、などもくわしく書きこまれています。
個人的に嬉しかったのは(わたしが身をおく学派である)行動療法を肯定的に評価してくださっていること。
行動療法のなかで、おもにオペラント条件づけを中心とした対応を「ABA(応用行動分析)」と呼びます。
ABAについて聞かれることが多いので、ちょっと書き留めておこうと思う。(中略)
効くか効かないかでいったら、ぼくの子には圧倒的に効いたが、療育も教育も「その子に向いた手法」が確実にあって、個人差がとても大きい。(pp.80)
効果があって良かったですし、後半のご指摘は「おっしゃるとおり」と思いました。
肯定的であるばかりではなく、著者の行動療法ご理解も正確です。
たとえば、
ここでは強化子(後述)を仮にお寿司にしているけれど、ABAを受ける本人がお寿司が好きでなければ効果がないので、「この子には、何が強化子として効くのだろう」と色々探るのも楽しい。別に食べ物でなくても、「褒める」とか「くすぐる」が強化子になるケースもある。(pp.82)
正確な理解にいたるために一所懸命ご勉強されたと推断され、それは親心のなせる業(わざ)であって、わたしは温かい気もちになりました。
唯一、勘違いなさっている箇所は、
自閉症教育で定番のABAやTEACCHは、通常の教育手法と排他的な関係にあるわけではなく、定型発達の子に適用しても問題はないと思う。(pp.130)
たしかに「TEACCH」は自閉症の子どもたちを念頭に開発されたプログラムですが、ABAのほうは、自閉症であれなかれ、小児であろうと中高年であろうと、相手かまわず万人を対象にしたカウンセリング法なのです。
自閉症児に応用される前から、家庭・学校にて「定型発達の」(この言葉の大意は、発達障害ではない)子どもたちを対象に用いられてきました。
ところで『大学教授~』の特長はユーモラスさ。
わたしは読書中、複数回、吹きだしました。
なかでも著者がゼミ生たちと共に箱根を歩いた際のエピソードが笑えて……。
いっぽう、気になったところがふたつあり、ひとつは、お話に著者の奥様がまったく登場なさらなかった点。
自閉症の坊やを育てるうえで母親の役割は非常に重要と考えられ、読者としては、とりわけ自閉症のご家族をおもちの読者としては、情報がほしかったのではないでしょうか?
ひょっとしたら奥様がご自分について書かないよう希望なさったのかもしれません。
もうひとつは、ゲームがおよぼす定型発達の子どもたちへの悪影響を、著者がやや楽観視されていた点です。
定型発達のお子さんであれば自分から外の世界に興味を持ち、学び、自ら人生の選択肢を広げていきますが、(後略)。(pp.304)
カウンセラーのわたしは、そうなっていないゲーム依存症者と多数出会いました。
また、百歩譲(ゆず)って引用文のごとくなる例があろうにしても、それはいつなのかが問題で、児童生徒の場合あまりに年月がかかりすぎると学業未修得・留年・中退・ひきこもり等々へつながってしまうのです……。
以下、蛇足ながら、著者はコミュニケーション能力の重要性を書中幾度となくコメントなさっていました。
Takata Yamamoto 著『SST コミュニケーション トレーニング:ヒューマンな治療をめざして』、星和書店(1998年)
これはABAの発想および技法をつかい若年層のコミュニケーション能力を高めようとするもので、ご参考になるのではないかと想像します。
金原俊輔