最近読んだ本446
『きっとあの人は眠っているんだよ:穂村弘の読書日記』、穂村弘 著、河出文庫、2021年。
穂村氏(1962年生まれ)は読書好きな歌人です。
お読みになってきた書籍の紹介や感想を書かれた集大成が『きっとあの人は~』。
あつかわれているジャンルは、歌集・句集・詩集・マンガ・絵本・ミステリー・恋愛小説などでした。
わたしはよく書評に目をとおすものの、歌集がこれほどたくさん登場してきた作品は初めてです。
初体験なので興味をもってページを繰りました。
そして気づいたのは、歌集に掲載されている短歌が特異なこと。
多くが「ごつごつとリアル(pp.275)」かつ「ひりひりするような感覚(pp.243)」だったのです。
具体例を示しましょう。
岡野大嗣歌集『サイレンと犀』では、
生き延びるために聴いてる音楽が自分で死んだひとのばかりだ(pp.186)
虫武一俊歌集『羽虫群』の、
現状を打破しなきゃって妹がおれにひきあわせる髭の人(pp.268)
染野太朗歌集『人魚』にあった、
誰ひとりわれに触れざる夏にしてある朝は床に塩をこぼしぬ(pp.301)
鈴木美紀子歌集『風のアンダースタディ』、
幾たびもあなたの頬を拭ってた泣いているのはわたしなのにね(pp.323)
こんなふうでした。
現代短歌の全体傾向が「ごつごつリアル、ひりひり感覚」であるのか、たんに穂村氏のお好みが「ごつごつ、ひりひり」なのか、いままで歌集をひらいたことがなく、同氏の著作に初めて接する程度のわたしには、判別不能です。
それにしても引用の4首は魅惑的、文字に吸い寄せられるような気分になりました。
深く深く味わえます。
既述以外にも書中出てきた短歌がそれぞれ絶妙なうえ、評する穂村氏の感性もまた水際立っていました。
たとえば、氏は吉川宏志歌集『鳥の見しもの』を吟味しながら、
手に置けば手を濡らしたり貝殻のなかに巻かれていた海の水
こちらは「巻かれていた海の水」がポイント。「貝殻のなか」に海水が入っていたことを、そう云い換えた瞬間、ひとつの詩が生まれた。(pp.289)
わたしは短歌や俳句が限られた言葉数で詩的世界を成立させる力に痺(しび)れており、短期間とはいえ句作に励んだ日々もあるのですが、短歌・俳句が詩として成立するメカニズムの説明まではできません。
その作業をここで歌人がおこなってくださいました。
いっぽう、著者が感性のみに頼らず、客観性を担保しつつ自論を展開されている点も、本書の特徴です。
占い師が「あなたは不器用で周囲に誤解されやすく損をしがち」と云(い)えば、ほとんどの客は納得するだろう。「自分は器用で周囲に理解されやすく得をしがち」と思っている人などまずいないからだ。(pp.116)
上記は心理学にて「バーナム効果」と呼ばれている現象で、つまり穂村氏のご指摘には学術的裏打ちがあるわけです。
金原俊輔