最近読んだ本597:『世界一のベンチで起きたこと:2023WBCで奔走したコーチの話』、城石憲之 著、ワニブックスPLUS新書、2023年

2023年3月に開催された「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で、日本代表チーム「侍ジャパン」は、栗山英樹監督の好采配そして選手たちの懸命なプレーの結果、みごと優勝を果たしました。

城石氏(1973年生まれ)は、この侍ジャパンの「内野守備・走塁兼作戦コーチ(pp.32)」を務められたかたです。

かつて東京ヤクルトスワローズおよび北海道日本ハムファイターズの選手だった由。

「WBC」の戦いの現場にいたスタッフがお書きになった本ですので、とうぜん『世界一のベンチで起きたこと』は、迫真の内容かつ知られざる話題のてんこ盛りでした。

たとえば、米国民ながら日本代表に加わり、わが国で大人気を博したラーズ・ヌートバー選手に関し、

優しい目をしていて、おっとりしたタイプの選手なんだなと思いました。(中略)
ところが、中国戦が始まった瞬間に豹変しました。
もう、見た目からして別人なんです。獲物を狙う野獣のように眼光が鋭くなりました。打っても守っても闘志むき出しで、ハッスルプレーの連続です。(pp.67)

ヌートバー選手がチームのためにハッスルプレーをしてくれているのはテレビを通し伝わってきましたが、眼光の鋭さまでは見て取れませんでした。

つづいて、準決勝メキシコ戦9回裏の、1点差で負けてしまうかもしれない状況下、不振だった村上宗隆選手の打順になり、ここは「ピンチバッター(pp.109)」の選択肢とてあるところですが、栗山監督は「ムネに任せるわ(pp106)」と決断なさいました。

決断を知らせに城石氏が村上選手のほうへ向かったとき、

村上の近くに行くと目が合いました。思ったとおり、とても不安そうな表情をしました。
腹を決めて、「監督、ムネに任せたって言ってるから、思い切って行ってこい」と言いました。
「ムネに任せた」というあたりで、村上はバッターボックスのほうに向き、意識を集中させているようでした。(pp.109)

上記やりとりがテレビで映ったのかどうか……、テレビ観戦していたわたし自身は村上選手の「とても不安そうな表情」に気づきませんでした。

そのあとで彼がサヨナラ打を放った瞬間は「WBC」における忘れられない名場面のひとつになったと言えるでしょう。

最後の引用です。

栗山監督は、「俺についてこい」とグイグイ引っぱるタイプのリーダーではありません。自分を中心にするのではなく、まず野球選手一人ひとりへの尊敬があり、その力を信じて、どのように引き出すかを考える。(中略)
本当に純粋に選手をリスペクトできる人だということを僕は知っています。(pp.44)

敬意を示せば示された側に良い変化が生じる現象は、心理学の無数の研究で証明されました。

おそらく栗山監督は心理学などご存じでなく、ただ謙虚なお人柄でそのようになさっているのではないでしょうか。

素晴らしいことと思いますし、栗山監督のそんなありかたを感知しておられる城石氏もまた素晴らしい人物。

本書は生粋の野球ファンや「WBC」がきっかけでファンとなったいわゆるにわかの皆さんにとって格好の一冊となるはずです。

金原俊輔