最近読んだ本650:『白い拷問:自由のために闘うイラン女性の記録』、ナルゲス・モハンマディ 著、講談社、2024年

襟(えり)を正して読むべき本でした。

著者モハンマディ氏(1972年生まれ)は、イランの人権活動家。

女性の権利を強く訴えるフェミニスト運動の主導者であると同時に、ジェンダーやセクシュアリティ、人種、宗教、階級に基づくすべての差別に強く反対している。(pp.6)

崇高な理念に殉ずる女性でいらっしゃいます。

2023年にノーベル平和賞を受賞なさいました。

しかし、彼女の活動はイラン政府に「反体制的(pp.67)」と見なされ、その結果、

合計13回逮捕され、5回の有罪判決を受け、合計31年の禁固刑と154回の鞭打ち刑を言い渡されている。(pp.6)

ノーベル平和賞も刑務所内での受賞となりました。

上掲書は、モハンマディ氏支持者3名が記した3つの序文、モハンマディ氏ご自身が執筆した手記、そしてモハンマディ氏が獄中にてインタビューをおこなった13名の女性たちによる証言、計3部で構成されています。

胸を打たれたのは、インタビューをお受けになったどのかたも強固な信念をおもちであること。

モハンマディ氏は次のようにお書きになっています。

私は独房に収監された3回の経験のなかで、固い意志と決意で立ち向かう素晴らしい男女の存在を知った。彼らは自分の体と心の健康を犠牲にしても、のしかかる重圧に耐え、自分の信念を曲げない。(pp.80)

ところで、表題の「白い拷問」とは、逮捕した人たちを刑務所の「狭く、暗く、息が吸いづらい(pp.244)」独房に監禁する、残酷な仕打ちを指します。

極度に不潔で食事も劣悪。

そんな場所に長らく幽閉されると、

昼夜の感覚を失い、睡眠パターンを妨げられる。(pp.49)

死のような静寂。光、空気、匂い、音、それらを奪われると、人は生き物として自然な状態からかけ離れたものになる。(pp.68)

最悪なのは、静寂と孤独、このせいで私は頭がおかしくなるかと思いました。おぞましい時間でした。(pp.104)

周囲の壁が襲いかかってくるように感じました。(pp.112)

こうした中、それぞれの被収監者たちが、ご自分が置かれた状況に耐えるため多様なご工夫をなさいました。

ご工夫は痛々しく、必死で、切実で、読みながら熱いものが込み上げてきます。

本書に接し「民主主義と自由、人権、平等(pp.14)」の意義を思わない日本人読者などいないでしょう。

民主主義・自由・人権・平等を脅かす「抑圧的な法律と政策(pp.30)」への激しい怒りも湧いてくるはず。

ところが、それだけでは済みませんでした。

最終章に出てきたマルジエ・アミリ氏のご発言を伺い、彼女(いや、ほぼ全世界の女性たち)を苦しめているのは「特殊な政治体制(pp.287)」以前に「家父長制社会(pp.278)」「男性優位の社会(pp.280)」だった、と気づかされるのです。

わたしは、如上の現実をつゆ想定することなくイランにおける自由や人権を憂慮した己(おのれ)の迂闊(うかつ)さが、恥ずかしくなりました。

最後に、本書冒頭で紹介された「ナルゲス・モハンマディの歩みと主張(pp.6)」によれば、無念にも『白い拷問』の出版が原因となって、モハンマディ氏は再逮捕されたそうです。

氏の釈放は焦眉の急ですし、また、序文を書いて下さった皆さん、インタビューに応じて下さった皆さんに、新たな刑が科されたりしないよう衷心より祈念いたします。

金原俊輔