最近読んだ本522:『対テロ工作員になった私:「ごく普通の女子学生」がCIAにスカウトされて』、トレイシー・ワルダー 著、ジェシカ・アニャ・ブラウ 編、原書房、2022年

米国カリフォルニア州の南カリフォルニア大学で歴史学を専攻していたワルダー氏(1978年生まれ)。

当初は教員志望だったものの、大学のキャンパスで開かれた就職説明会に参加し、「中央情報局と書かれたボール紙の名札を置いた、閑散としたテーブルが目に入った(pp.34)」とき、その席につきました。

「中央情報局」とは、CIAのことです。

それから多数の面接や検査を受け、採用が決定、彼女はCIAに入局しました。

つまり世界各地へ出かけ「テロ対策(pp.6)」の「スパイ(pp.43)」活動をする運びとなったのです。

本書は、そんなワルダー氏の重い見聞を綴った記録。

同氏に多大な影響をおよぼした「アメリカ同時多発テロ事件」の発生は、入局1年後でした。

氏がCIA本部ビルにて勤務していた、2001年9月11日、

8時50分、盗聴防止機能つきの電話が鳴った。ほぼ同時期に入局した友人のジェフからだった。
「CNNを見ろ」彼は言った。「世界貿易センターの北棟に飛行機が突っ込んだ」(中略)
テレビはアルカイダのハイジャック計画やビル爆破計画について、あれこれまくし立てていた。それなのに、CIAの誰一人、いつ、どこで起きたか詳しい情報を知っている者はいなかった。(中略)
それまで出会った中で最も頭のいい人たちが、まとまりのある言葉を紡ぎだそうとしていた。そして誰一人、アルカイダに飛行機をビルに突っ込ませることができるような組織力があるのを知らなかった。(中略)
9時3分、ユナイテッド航空175便が南棟に衝突した。階全体が不気味に静まり返った。(中略)
午前9時37分、アメリカン航空77便が、国防総省の西側に墜落した。私の体の西側に墜落したほうがましだった。(pp.60)

惨事を未然に防げなかった呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれ、ワルダー氏は強い決意のもと業務にのめり込んでゆきます。

けれども、過度の緊張がともなう日々に疲れ果て、4年ほどでCIAを退職……。

2004年、今度はFBI(連邦捜査局)に入局し、まずは「FBIアカデミー(pp.235)」で訓練を受ける流れとなりました。

そうしたところ、訓練所の教官は、みんなハリウッド映画『ポリスアカデミー』に登場する悪役のようなキャラだったのです。

上記映画はコメディなので悪役とて憎めないいっぽう、ワルダー氏が遭遇した本物の教官たちは訓練生に「感情的な攻撃(pp.247)」を仕掛けてくる、心より憎める連中でした。

4カ月半の不愉快な訓練を終えサイバー犯罪担当の勤務を始めたのですが、けっきょくFBIも長くはつづかず辞職なさいます。

ワルダー氏は本書ご執筆時、テキサス州の女子校教師をされていました。

『対テロ工作員になった私』は、CIAおよびFBIという特異な職場で働かれた「恥ずかしがり屋で人づきあいが苦手な(pp.30)」「ブロンドで(中略)目立たない(pp.30)」女性が書いた、出色のノンフィクションです。

CIAの話題が中心で、われわれ読者が今日テロに巻き込まれたとしても不思議ではないと認識するために、世界の一隅に自分たちを守ってくれている機関がある事実を知るためにも、有益な読物と思いました。

他書にない特徴は「ジョニー〇〇〇〇〇〇〇(pp.10)」、こうした伏せ字が多いこと。

「CIAの出版審査委員会(pp.7)」が機密情報として削除を命じた結果です。

「省略されている部分(pp.7)」も少なくはなく、一例をあげれば、2002年、CIA時代の著者は任務を帯びてヨーロッパのある国に出張したのですが、それがどこだったのか、言及なさいませんでした。

むかし読んだ、

武田砂鉄 著『日本の気配』、晶文社(2018年)

に、武田氏が「2015年パリ同時多発テロ事件」を受けて現地へ赴いた探訪記があり、武田氏によるパリの描写が、ワルダー氏が行かれた街の描写と似ていたため、わたしは「パリかな?」と想像しました。

金原俊輔