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『神童は大人になってどうなったのか』、小林哲夫著、太田出版、2017年。

これほどまでに心理学の知識を必要とする書物なのに、著者(1960年生まれ)におかれてはご準備がじゅうぶんではなかったようです。

わたしがなぜそう思うか、一例をあげると、

頭のよさをはかる指標が、IQである。(中略)一般的に知能指数と訳される。これを考えたのは、アメリカ、スタンフォード大学教授の心理学者ターマンである。1916年、ターマンは『知能の測定』を刊行する。そこで、彼が考えたIQの計算式は次のとおり。
IQ=精神年齢÷実年齢×100
精神年齢とは知的レベル、つまり知識や教養の量を指す。(pp.58)

不正確です。

知能指数という概念を提唱したのはドイツのウィリアム・シュテルン(1871~1938)であり、上記の計算式はフランスのアルフレッド・ビネー(1857~1911)とテオドール・シモン(1872~1961)が共同で創案したものなのです。

ルイス・ターマン(1877~1956)は知能テストを実用化した人物でした。

かといって、本書を低評価しているわけではありません。

むしろ高評価です。

だれもが知りたいであろうテーマにきっちり取り組んでくれた一冊でした。

子ども時代に「神童」と呼ばれるほど優秀だった人々が「長じてどうなったのか」に関して懸命な探求をおこなっています。

類書はたくさんあるものの、それらはすべて亡くなっている著名人たち(たとえば、ニュートン、ダーウィン、アインシュタイン)を対象としていました。

いっぽう上掲書は、いま生きていらっしゃるかたがた、生きているどころか2017年10月現在しょっちゅう国内のテレビや新聞そしてネット・ニュースに登場している顔ぶれが対象になっています。

日本銀行総裁の黒田東彦氏(1944年生まれ)の場合は、

1963年、東京大学文科一類に合格、法学部へ進む。在学中に司法試験に合格。一方で国家公務員試験に2番で合格する。卒業時も首席に近かった。(pp.12)

これほどの優秀さでした。

本書があつかっている対象者としては比較的政治家が多く、鳩山由紀夫氏(1947年生まれ)、舛添要一氏(1948年生まれ)、片山さつき氏(1959年生まれ)、豊田真由子氏(1974年生まれ)、山尾志桜里氏(1974年生まれ)、など。

すべての皆さまが東大ご卒業で、小さいころから圧倒的な学力だった由です。

しかも、山尾氏に代表されるように、

大学入試前、帰宅後、夜7時から午前3時ごろまで8時間勉強する。間に合わなければ朝早く起きて2時間机に向かう。1日10時間を超えていた。(pp.33)

どなたもがこうした努力を怠りませんでした。

敬服すべきことです。

個人的には支持していない政治家ばかりなのですが……。

また、書中、かつては神童であってもそのお力を駆使しないかたちで人生を生きていらっしゃる人たちが紹介されていますし、人生を誤ってしまった面々も出てきます。

前者はアダルトビデオ男優だったり、後者はオウム真理教の幹部だったり、でした。

この種の逸脱の話題は「予定調和」的とはいえ、常識的にも心理学的にもあり得ることで、たしかに触れておくべきだったでしょう。

いずれにしてもわたしは『神童は大人になって~』を堪能しました。

著者が大学講義「心理学入門」程度の心理学の基礎理解をおもちだったら、おそらく2017年を代表する傑作になっていただろうと考えます。

金原俊輔

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