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『ハーバードの個性学入門:平均思考は捨てなさい』、トッド・ローズ著、ハヤカワノンフィクション文庫、2019年。
最近、わが国では「ハーバード大学」の語を冠した本が、あいついで出版されています。
上掲書の原題は「The End of Average」つまり「平均の終焉」であり、ハーバードの文字はどこにも含まれていません。
訳者または早川書房社が世間の流行に便乗したのではないか、と想像されます。
けれども『ハーバードの個性学入門』は、何かに便乗すべき必要などまったくない、高度な学術的読物でした。
ローズ氏は、1974年生まれのアメリカ人男性で、ハーバード教育大学院に勤務されています。
「個性学」専攻の氏は本書において、専門知識を縦横無尽に用いつつ、いかに平均というものがわたしたちひとりひとりの実態からかけ離れているか、いかに平均値が役立たないか、を詳説されました。
特定のエピソードを追いながら、ご主張を見てみましょう。
かつて米空軍機のコックピットは、パイロットたちの平均体型に基づいて設計されていたそうです。
しかし、コックピットにぴったり合う身体つきのパイロットは多数在籍していなかったため、墜落事故が頻発してしまったとのこと。
平均的なパイロットなど、存在しないのである。つまり、平均的なパイロットにフィットするコックピットをデザインしたら、実際には誰にもふさわしくないコックピットが出来あがるのだ。(pp.15)
このとき、ギルバート・ダニエルズ中尉という人物があらわれ、個々のパイロットを平均値に押し込むのではなく、パイロットの体型に即して使えるようなコックピットを開発すべき、旨の提案をしました。
空軍は提案を受け入れ、
ほどなく航空技術者が、安くて簡単な解決策を考案したのだ。その解決策とは調整可能なシートであり、今日すべての自動車で標準的技術として採用されているものと同じである。シートのほかにフットペダル、ヘルメットのストラップ、飛行服も、すべて調整可能なタイプに変更された。(pp.21)
そして軍の飛行技術が向上。
しかも、新しいコックピットを備えた戦闘機が攻撃され機体に被弾した際、女性飛行士キム・キャンベル大尉はからくも友軍基地まで飛んで、無事に不時着することができました。
機会均等とはどうあるべきかについて、ここからは重要な教訓が得られる。どんな体型にも合わせて調整できるコックピットの製造という、ギルバート・ダニエルズ中尉の大胆な発想を軍隊が採用したとき、パイロットの才能に関する選択肢を拡大することについて誰かが提案したわけではなかったし、ましてやジェンダーの平等など取り上げられなかった。すでに空を飛んでいるパイロットの勤務しやすさだけが考えられた。空軍がキム・キャンベルを採用したのは女性にやさしい飛行機を設計したからではない。パイロットの体型にどれだけバラツキがあろうとも、それに合うような飛行機を製造することを公約したからだ。(pp.260)
平均という概念から離れれば思わぬ方面において連鎖反応のような変化が生じ得ることの、好例でしょう。
上記以外にもさまざまな逸話や研究結果が語られ、勉強になる一冊でした。
ただし、第4章「才能にはバラツキがある」。
何かひとつの事柄に秀でていれば、ほとんどの事柄に秀でているという概念に基づいて現代の教育制度を作り上げたエドワード・ソーンダイクも、学業成績と標準テストの点数と卒業後の仕事の実績のあいだの相関関係を独自に調査したが、これら三つの相関はどれも弱かった。ところがそれでも、この事実は無視してもかまわないと主張して持論の正当化に努めた。(pp.128)
わたしはソーンダイクを尊敬しているので、なかなかに残念なエピソードです。
いっぽう第5章では、ワシントン大学の心理学者・正田祐一教授の研究が肯定的に紹介されており、日本人同業者として誇らしく思いました。
268ページに記述されていた本書全体の結論は、とても勇気づけられる文章です。
金原俊輔