最近読んだ本410

『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記:こうして私は職業的な「死」を迎えた』、宮崎伸治著、三五館シンシャ、2020年。

宮崎氏(1963年生まれ)が翻訳者としてのお仕事で遭遇したかずかずのトラブル、おもに出版社がからんだトラブルだったのですが、それらをユーモラスに書きつづった作品です。

わたしは当初「翻訳の苦労を語った体験記」と早合点し上掲書を読みだしました。

自分自身、英語と格闘していた時期があり、ちょいと懐かしさに浸ってみようと企図したのです。

ところが、

とうとう訳了した。やった、あんな分厚い本を本当に92日で訳し終えることができた。(pp.99)

私は超特急の仕事に取りかかった。クリスマスも大晦日も正月もなかった。1冊の本を5分割にし、5分の1訳し終えるごとに提出する段取りだった(後略)。(pp.150)

氏の翻訳能力はずいぶん高く、むろん外に示さない困難はあろうものの、かなりサクサク訳出がすすむタイプみたいです。

そのお力を駆使して多数の英書を和訳され、なかでも、

スティーブン・R・コヴィー、他 共著『7つの習慣 最優先事項:「人生の選択」と時間の原則』、キングベアー出版(2000年)

は、ベストセラー入りしました。

しかしながら、なんらかのトラブルが発生しては解決にいたり、また発生しては解決にいたり、ときには法廷闘争を決断するしかない状況すら出来(しゅったい)。

お疲れのあまりカウンセリングをお受けになった由です。

ついに翻訳業から離れられ、いまは警備員をなさっているとのことでした。

警備員が良くないとは思いませんし、著者ご自身も現状に満足なさっています。

とはいえ、わが国の出版界は惜しい逸材を失ってしまったのではないでしょうか。

私が翻訳するとき、まずは辞書も引かずにさささっとラフに翻訳する。これに費やすエネルギーは商品としての訳文に仕上げるまでの全エネルギーの3分の1である。その後ラフな訳文を4回から5回推敲して商品として仕上げる。(pp.29)

「宮崎さんの訳はすばらしい。マーフィーのファンだという読者から手紙が来まして、今までずっと大島淳一の訳で読んでいたそうなのですが、大島淳一よりも宮崎さんの訳のほうが優れた訳だと書いてありましたよ。(後略)」
これは翻訳家にとっては最高に嬉しい言葉だ。(中略)
あとから知ったことだが、マーフィー本を訳したその大島淳一氏というのは渡部昇一氏のペンネームであった。(pp.143)

英語を「辞書も引かずに」翻訳できる日本人、4~5回程度の推敲で文章を「優れた」ものにすることが可能な著述家、どちらも滅多に存在しないでしょう。

すくなくともわたしには無理。

それをなしうるかたには本来のお得意領域で活躍していただきたかったです。

金原俊輔

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