最近読んだ本439

『幣原喜重郎:国際協調の外政家から占領期の首相へ』、熊本史雄 著、中公新書、2021年。

幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう、1872~1951)は、「大正末から昭和初期にかけて(pp.ii)」外交官として活躍し、また、外務大臣さらには内閣総理大臣の要職にも就いた、いわゆる選良でした。

幣原が外務省に任官した1896年から、衆議院議長として死去する1951年までの55年間は、まさに激動の時代だった。
日露戦争、清王朝の滅亡、大陸国家化する日本と流動化する中国、その中国を場とした列国同士の角逐、満洲事変の勃発、国際連盟と国際会議からの脱退、日中戦争、太平洋戦争、そして敗戦、占領政策、独立回復……。(pp.256)

引用文には書かれていませんが、第一次世界大戦だって含まれます。

たしかに、日本史のなかでこれほどまで「激動」に揺れた時代は他になかった、といっても過言ではないでしょう。

幣原はこうした55年間を、国家を背負いながら邁進しました。

そんな彼の人生を政治の動きとからませつつ眺め、わが国の来しかたを見つめなおそうと試みた作品が、本書です。

国政・外政の話題へ入る前に、主人公のプライベートなエピソードをひとつ記せば、

幣原はイギリス領事館に勤務する領事の妹と知り合いになり、しかもここロンドンでその女性と再会を果たして、二人は将来の約束を交わすほどの仲になっていた。幣原は、このイギリス人女性との結婚を密(ひそ)かに望んでいたのである。(中略)
兄や郷里の両親にも相談したが、家族からもイギリス人女性との結婚には反対された。かくして幣原は雅子との結婚を決意する。(pp.20)

わたしは、だれに反対されようが自身と相手の気もちを貫けばよかったのにと思いましたし、外相だの首相だのと位人臣を極めた政治家の奥様がイギリス人だったら、もしや日本の運命は変わっていたかもしれない、とすら夢想しました。

そして、幣原以上に『幣原喜重郎』の主題となっていた外交の話に目を転じます。

亜細亜局中心主義というべき価値観が、1920年代初頭の外務省内で形成されつつあった。後述するようにそれは、亜細亜派の存在とともに、のちの幣原外交の足枷(あしかせ)になっていく。(pp.62)

会議には亜細亜局と通商局の共管体制で臨んだが、両者間での対立が激しかった。(pp.114)

欧米派の幣原は、亜細亜派である谷の政策に同調し、リーダーシップを十全に発揮しなかった。(pp.166)

幣原外交が行き詰った原因は、さらに外務省内のセクショナリズムと地域主義にもあった。満洲事変勃発時の外務省で声がもっとも大きかったのは、外相の幣原でもなく次官の永井松三でもなく、亜細亜局長の谷正之だった。(pp.173)

このような外務省における派閥主義・セクショナリズムが幣原の前途に立ちふさがり、立ちふさがったどころか、国を危うくさえしてしまった事実が、意を尽くして説明されました。

深刻です。

以上は外務省だけに見られた瑕疵(かし)ではありません。

陸軍上層部は決して一枚岩ではなく、内閣は軍内部に重大な背反要因を抱えたまま事態の収拾に乗り出したのである。(pp.158)

政府内や役所内における派閥間の有形・無形の闘いは、当時だけではなく、きっと今でも大きな束縛になっていることでしょう。

政治家たち、官僚たちは、なんとかすべく知恵を働かせているのでしょうか?

まずは、民間企業が取り組んでいる横断的な人事編成などが参考になる、と考えます。

金原俊輔

前の記事

最近読んだ本438

次の記事

最近読んだ本440