最近読んだ本438

『なぜ科学者は平気でウソをつくのか:捏造と撤回の科学史』、小谷太郎 著、フォレスト出版、2021年。

全読者の心情を代弁いたします。

標題を目にすれば、ふつう、だれだって「科学者は本当に平気でウソをつくんだろうか」という疑問をもち、疑問にたいする著者の回答を期待するのではないでしょうか?

しかるに、書中、回答は明示されませんでした。

肩すかしです。

副題のほうがよほど上掲書の内容を正しく反映させていると感じられました。

『なぜ科学者~』自体は充実しており、わかりやすい文章がつかわれていて、小谷氏(1967年生まれ)が念入りに推敲されたご労苦もかいま見えます。

登場する顔ぶれが「最近読んだ本170」と聊(いささ)か重複したのは、母集団が小さいからで、仕方ないでしょう。

科学者の過ちを記した書籍をよく読むわたしには、第6章「118番元素」だけが、はじめて接する奇異な話題でした。

20世紀末、

ドイツ重イオン研究所のヴィクトル・ニノフ博士は米国ローレンス・バークレー国立研究所に転職しました。バークレー研は新しい元素を人工的に合成するレースで優位に立とうとして、ライバル研究所の新進気鋭ニノフ博士を雇ったのです。バークレー研の思惑どおり、ニノフ博士は新元素合成に成功します。しかしドイツや日本の研究所が追試しても、その元素が合成できません。バークレー研の関係者は青くなりました。(pp.162)

引用したリード文に後続し、ことの顛末が詳説されます。

118番元素合成はニノフ博士が手を染めた良からぬ細工でした。

九州大学に所属する森田浩介教授が113番元素を発見して、名称が「ニホニウム」に決定したのは、2016年。

同章を耽読しつつ当該快挙を思い起こしたわたしは、あらためて喜びに浸りました……。

小谷氏がご提供くださった情報のうち、もう一点特筆させていただきたいのは、韓国ソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授が関与した「ヒト・クローンES細胞」データ捏造事件です。

隣国における大きな騒動だったため、多数の人々が概要を承知しているわけですが、

捏造に関していえば、黄博士の落ち度は、共同研究者の捏造に気づかず、自分を筆頭著者とする論文に仕立てて発表したことにあります。(pp.118)

黄教授の悪質性はあんがい低く、金(キム)氏という研究員こそが追及されるべき責任を負う由でした。

参考になります。

ところで、類書とおなじく本書においても、小保方晴子氏「STAP細胞」事件、藤村新一氏「旧石器発掘捏造」事件が、あつかわれました。

自業自得ではあるものの、おふたりは今後数世紀、へたをするともっと長く、この種の読物内で語られ、呆(あき)れられることになるでしょう。

研究者各位は、小保方氏・藤村氏を反面教師にし、日々襲ってきているであろうデータでっちあげ・データ盗用などの誘惑と闘って打ち勝たなければなりません。

金原俊輔

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