最近読んだ本443

『手塚治虫とトキワ荘』、中川右介 著、集英社文庫、2021年。

20世紀初頭、パリのモンマルトルに「洗濯船」(バトー・ラヴォワール)と呼ばれる集合住宅があり、若き日のピカソ、ブラック、モディリアーニらが暮らしていたという美術史上の「奇跡」があるが、トキワ荘はそれに匹敵する。(pp.9)

手塚治虫(1928~1989)が東京都豊島区のトキワ荘に入居してマンガを描いたこと、彼を慕うマンガ家のタマゴたちも同じ建物にあつまり、つぎつぎデビューしていったことは、マンガ・ファンならだれもが知っています。

本書は、その史実に材をとった「マンガ家たちの群像劇(pp.531)」および「戦後の出版史(pp.531)」でした。

中盤ぐらいから、1955年生まれのわたしがおぼえている事項が詳述されだし、なつかしさが押し寄せてきます。

以下、なつかしかった話題や読了後の感想を計3点、記させてください。

1点目。

当方より5歳お若い著者・中川氏(1960年生まれ)によると、

この時期、ファンレターを出した多くの少年が、手塚からの手紙やハガキをもらったことだろう。ちなみに筆者も、中学生の時(1973年前後)に手塚にファンレターを出したら、直筆のハガキが届き、質問への回答が書かれていた。(pp.145)

おう!

わたしは小学生だったとき(1965年ごろでしょうか)「弟子にしてほしい」旨のお願いに『鉄腕アトム』の模写を添えたハガキを、手塚先生へ送りました。

そうしたところ「学校を卒業したら、うちに来なさい」なる丁寧なご返事を頂戴したのです。

両親は「アシスタントの人が書いたものだろう」とひそひそ話し合っていましたが、先生の直筆だったかもしれません。

ハガキはとっくに消え失せてしまいました……。

2点目。

昭和時代、マンガ本を貸す「貸本屋」が街のあちこちにありました。

貸本屋にとって最大のリスクは客が借りた本を返してくれないことだ。(中略)
そこで貸本屋は最初に保証金を預かっていた。(pp.220)

長崎市では保証金を要求する貸本屋さんはなかったと記憶しています。

われわれ貧乏な子どもたちが払える保証金などもっていない実態をお店側も理解してくださっていたのでしょう。

最後になります。

『手塚治虫と~』は登場人物が多く、全員についての思いを語ることは不可能ながら、わたしの好きなマンガ家は(手塚治虫は別格として)寺田ヒロオそれに藤子不二雄。

寺田ヒロオ作画『スポーツマン金太郎』は、素朴で温かい作品でした。

購入こそできなかったものの、図書館へ行ったらかならず読みました。

藤子不二雄の場合、タイトルは不明ですが、主人公の少年が悪者の基地へ侵入してゆくひとコマがなぜか好きで、機嫌がよろしくない際にそのコマを見さえすれば落ち着くというパターンを、子ども心に不思議に感じていました。

いっぽう、石ノ森章太郎や赤塚不二夫やつのだじろうには、一貫して興味がありません。

しかし彼らが偉大な才能をおもちでいらっしゃることは重々承知しています。

いずれにしても、ここまでお名前をだした顔ぶれに牽引され、わが世代は成長してきました。

感謝しているし、実に幸運な世代だったと考えます。

手塚こそ、トキワ荘関係者たちこそが、

マンガの歴史も決め、アニメの歴史も決め、つまりは出版とテレビと映画の歴史を決め、日本と世界のカルチャーの行方も決めた(後略)。(pp.426)

と、信じております。

金原俊輔

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