最近読んだ本444

『バカに唾をかけろ』、呉智英 著、小学館新書、2021年。

わたしは自分が無知・無学である事実を知っています。

知ってはいるものの、ふだん、それを意識しないで生活。

しかるに、呉氏(1946年生まれ)の評論を読むつど、氏の知性と教養に圧倒され、おのれの無知っぷり無学っぷりを再確認させられて、気がめいります。

こんな成り行きをいくたび経験したことか。

それなのに氏の本を愛読しつづけるのは、すこしでも無知や無学から脱却したいからです。

さて、今回の『バカに唾~』。

題名はちょっとアレですが、内容は安定の高レベルで、全ページ堪能させていただきました。

呉氏は、

大人になり、私は評論家になった。ずっと心残りだったあの訓戒を実践しようと決めた。言論人として、人の嫌がることを言おう。人の嫌がる発言こそ尊いのだ。(pp.266)

まさしく本書にて、人権主義者らの行きすぎや勉強不足をあざけり、新聞記事のカタカナ多用を批判し、Fランク大学生の学力をからかい、知識人諸氏の古典文学誤読を極めつけ、表現の不自由に闘いをいどみ……、つぎつぎ「人の嫌がる発言」をなさいました。

たとえば、

万葉歌人山上憶良(やまのうえのおくら)の「銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」(pp.178)

千玄室氏(1923年生まれ)が上記の名歌を連載コラムで語った件へのご批判はこうでした。

(至上の大聖人釈尊でさえ、なお我が子への愛着に囚われている。まして世間の衆生は誰が我が子に愛着しないでいられようか)
たいていの対訳本には、この「愛」は現代的意味の愛ではなく、我執、執着という否定的な意味だと注釈が付く。「子煩悩」は字義通り考えれば、子供は知恵の完成を煩(わずら)わせ悩ませる存在だという意味になる。(中略)
子供は社会の宝だの国の宝だのとは正反対の歌であり、そこが名歌たるゆえんなのだ。(pp.179)

憶良自身による注釈を紹介したのち、千氏の誤解を指摘されたわけです。

返す刀で、千氏がよくご存じではなかった、食事中に親子が会話をする風習、ちゃぶ台の歴史、の説明もなさいました。

鎧袖一触(がいしゅういっしょく)という感じです。

ところで、

人間は平等ではないし、自由を求めるとは限らないし、独立した個人なるものが存在しているわけではないし、人間に理性が備わっているという保証はないし、確たる意志が本心から出たものかどうかわからないし、自分の行動に責任を負う能力を持っているかどうか疑わしい。
こんなことは、心理学、精神医学、宗教学、社会学、民俗学、文化人類学……、その他あらゆる学問分野にこの100年間蓄積されてきた成果が教えるところだ。(pp.160)

すべてを吟味する能力はわたしにはありません。

ただ、引用文内の「意志」に関して、徹底的行動主義心理学では、呉氏がお書きのとおり人間に確たる意志などなく、意志と呼ばれる脳の働きは、過去の学習の産物に過ぎず、もしくは置かれている環境への反応に過ぎない、と考えています。

金原俊輔

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