最近読んだ本465

『谷崎潤一郎伝:堂々たる人生』、小谷野敦 著、中公文庫、2021年。

わたしはこれまで谷崎潤一郎(1886~1965)の小説を一冊たりとも読んだことがありません。

若かりしころ、日本近代文学にどっぷり嵌(は)まった時期があったにもかかわらず……。

ひとつだけ、谷崎原作のテレビ番組『台所太平記』は観ました。

ただ、これは自身の選択で観たのではなく、両親が同番組を楽しみにしており、そのころ小学校低学年だったわたしが親の隣で観ていたに過ぎず、ストーリーや出演者については全然おぼえていないです。

このたび『谷崎潤一郎伝』を購入したのは、当方が著者(1962年生まれ)のファンであるため。

小谷野氏を知った以降、ほとんどのご著作に目をとおしてきました。

氏は客観的な内容のあちこちに主観的意見・私生活・個人史などを散りばめられる書き手で、論の進めかたがまたユニークです。

さて、本書。

谷崎の作家人生が微細に語られています。

「微細」の結果、書中あまりに大勢の関係者が登場し、読みつつ、だれがだれだったのか、混乱してしまうぐらい。

伝記好きなわたしは、作品内で主人公を取り巻く人々が多数出没する展開に慣れているのですが、今回ばかりは悲鳴をあげたくなりました。

いずれにしても『谷崎潤一郎伝』、谷崎の三度におよぶ結婚、妻ではない女性たちとの親密な関係、弟・妹・友人たちとの濃かったり淡かったりした交流、小説家としての大成、収入、借金、などが書きこまれています。

彼がどのような作家だったかといえば、小谷野氏は本書「あとがき」にて、

漱石や志賀のような道徳的高さはなく、情痴的で悪魔派で耽美的でブルジョワ的な作家として、しかし作品は時に優れており、なかんずく、戦争中、ほとんどこれに協力せず、軍部の弾圧に屈せずに『細雪』を書きつづけたことが、谷崎先生の最も偉いところだという見方をされてきたと思う。(pp.438)

と、紹介なさいました。

そんな谷崎に関するエピソードを、以下、すこしだけ抜粋しましょう。

まず、同業者だった佐藤春夫(1892~1964)に自分の妻の千代を譲ると発表し、千代が本当に谷崎と別れて佐藤に嫁いだ、いわゆる「細君譲渡事件(pp.167)」。

けしからぬ事件で、しかし、それはさておき、佐藤家にて、

千代は男児・方哉(まさや)を産み、ために春夫の養子である必要のなくなった龍児(後略)。
龍児はヴェトナム史を専攻、方哉は心理学を専攻して、ともに慶応義塾大学教授を務めた。(pp.232)

佐藤方哉(1932~2010)は、わが行動主義心理学陣営の、日本を代表する学者です。

わたしは「最近読んだ本28」でも触れました。

つぎに、谷崎潤一郎と與謝野晶子(1878~1942)がそれぞれ『源氏物語』を現代語へと訳し、相前後して出版したものの、谷崎訳書の売れゆきのほうがはるかに良かった件。

物書きとしての格が谷崎と與謝野では違ったと言うほかない。(pp.239)

後世から振り返れば、谷崎・與謝野は同格の文学者っぽく見えるのですが、あるいは、わたしだけがそう思っているのかもしれません。

なにしろ谷崎は「ノーベル文学賞の候補に挙がっている(pp.377)」「あと半年生きていてくれたら、ノーベル賞もとれたかもしれない(pp.418)」ほどの大家だった由ですので。

最後に、

谷崎は、一部で日本的だと言われている自殺の美には、何の共感も示していない。近代日本文学における、傑出した「生」の作家なのである。(pp.174)

著者は「自殺の美」を始点に、ひとことで谷崎潤一郎像をまとめあげられました。

こうした文章の妙が小谷野作品の魅力です。

金原俊輔