最近読んだ本504:『ツボちゃんの話:夫・坪内祐三』、佐久間文子 著、新潮社、2021年

61歳で他界なさった文筆家・坪内祐三氏(1958~2020)。

わたしは同氏の著作を少なからず読んで尊敬していたうえ、氏が自分よりもやや年下だったので、訃報はショックでした。

「最近読んだ本398」

「最近読んだ本401」

『ツボちゃんの話』、これは奥様の佐久間氏(1964年生まれ)が執筆された、追想エッセイです。

佐久間氏は「朝日新聞社の文化部記者(pp.24)」でいらした由。

その関係でしょうか、客観的な、淡々とした文をつづっておられます。

本書をとおし、いままで知らなかった、ツボちゃんこと坪内祐三氏に関するふたつの情報を獲得できました。

まず、ひとつめ。

わたしは坪内氏の博覧強記ぶりに感服していたのですが、うち、強記は親譲りだったみたいです。

両親ともに記憶力のいいひとたちだった。義父は、読んだ本をページそのまま記憶し、電柱や看板の文字もぜんぶ覚えてしまうので、記憶を捨てるのがたいへんだったと聞いたことがある。(pp.136)

「映像記憶」「瞬間記憶」と呼ばれる能力で、坪内氏の実父には当該能力が備わっていたと想定され、坪内氏自身にもおなじ特性があったかどうかは不明ながら、父親の傾向が大なり小なり息子に遺伝したのでしょう。

ふたつめは、短気だった件。

坪内氏は「次第にがまんがきかなくなっていった(pp.135)」らしく、たとえば、氏の教え子や編集者たちが開催してくれた還暦祝いの席上、

大爆発が起きた。(中略)
すべてが順調に進んでいたのに、終了間際の大破局(カタストロフ)だった。原因は会計だ。(中略)
もう怒らないでと頼んで一階に降りて、集めたお金を店のご主人に渡し、近くのコンビニに走った。足りないぶんをATMで下ろし、会計をすませて二階に戻ると、床を踏み鳴らしてまだ怒っている。教え子のひとりが、「大人があんなに地団太を踏むのを初めて見ました」と言い、まったく落ち度のないAさんが、「すみません」と何度も謝ってくれている。(pp.130)

晩年、頻繁に激しい怒りをしめすようになったそうです。

わたしは坪内氏を穏やかな人物と受け止めていたため、予想外でした。

このひとは自分の手に余る、というはっきりした感覚が私の中に生まれた。(pp.134)

この1、2年、感情のコントロールができない彼を持て余すようになってからは、優しくできなかった自覚がある。(pp.196)

仕方がないと思います。

ご自分を責めないでいただきたいです。

『ツボちゃん~』では、坪内氏が人間好きだった話、世話好きだった話、素直だった話、ヤクザに殴られた話、膨大な数の雑誌を所有していた話、なども語られていました。

坪内氏と佐久間氏がご結婚にいたるまでのかなり珍しい経緯も詳述されています。

金原俊輔