最近読んだ本519:『NHKスペシャル取材班、「デジタルハンター」になる』、NHKミャンマープロジェクト 著、講談社現代新書、2022年

ロシアがウクライナ東部へ軍事侵攻した2022年2月以降、世界の耳目はウクライナに集まっています。

重大事なので当然とはいえ、その結果、ウイグル、チベット、内モンゴル、香港、ミャンマー、アフガニスタン、などに向けられていた注視が弱まってしまっているのではないでしょうか?

わたしにはそう感じられます。

本書は、上記のうち、ミャンマーの「軍事クーデター(pp.59)」を取材した作品。

NHKが同国の情勢を伝える「49分のドキュメンタリー番組(pp.11)」制作のための取り組みから派生した書物です。

取材方法は「OSINT(pp.15)」で、OSINT(オシント)とは、デジタル技術を駆使し、

インターネット上のさまざまな情報や、SNSに投稿された動画や画像、地図情報、衛生画像など誰もがアクセスできる「公開情報」を使って、戦地などの取材が困難な場所での殺戮の実態や、国家権力が隠蔽している「不都合な真実」、世界を揺るがす事件の真相などを解明する手法(後略)。(pp.15)

なのだそうです。

途方もない労力が必要な作業であることは言うまでもありません。

OSINTチームの根気強い調査にともない、凄惨な事態が浮かびあがってきました。

「もしかしたら、歴史上の有名な虐殺事件と同じような闇を抱えた事件かもしれない」(中略)
確かにそのとおりだ。実態が明らかになっていない中で軽々に使うことを避けていたが、「虐殺」という言葉に相当する可能性があった。(pp.189)

ミャンマー軍はミャンマー国民多数を殺傷していたのです。

撃たれて亡くなったチェー・シンさん、19歳。(中略)
彼女のフェイスブックには、「もし自分が死んだら、角膜や臓器を提供したい」という自らの死を覚悟したような記述もある。(pp.114)

ミャンマーの人権団体AAPP(政治犯支援協会)は、この日バゴーで82人の市民が殺害されたと発表している。軍は一部の遺体を持ち去ったとされ、今も正確な死者の数はわかっていない。(pp.209)

わたしは定義に疎いのですが、たぶん「クーデター」は首謀者側が武力で政権を奪う行為であり、政府のみならず一般市民にも害をおよぼすのならクーデターではなく「テロ」と見なし、国際連合が国連軍なり何なりを送って罪のない人々を守れないものでしょうか?

非常に歯がゆい……。

記者やディレクターを派遣したくても、コロナ禍であることに加え、軍によって「非常事態宣言」が発令され、渡航も困難な状況となっていた。(pp.24)

こうした状況下、NHKは、日本在住の「ビルマ人夫妻、ウィン・チョウさんとマティダさん(pp.60)」それに「ベンジャミン・ストリック氏を中心とする国際的な調査グループ『ミャンマー・ウィットネス』(pp.194)」と連携しつつ、メディアの責任を果たすべく奮闘しました。

渋谷区のNHK放送センターにてOSINTチームが結成されたとき、

まさに、ミャンマーをなんとかしたい、という思いで集まった混成チーム。こうして総勢30人となる取材班が誕生した。(pp.167)

会議の間、私は、ずっとあることを感じていた。番組の担当者たちはみな、静かに怒っていたのだ。丁寧に話をしているのだが、心の中には怒りの炎が燃えていた。こんなひどい状況はとても許せない。NHKとしてやれることをやるのだ、という意思が全身からみなぎっていたように私には感じられた。(pp.174)

そして皆さまは万難を排し映像や活字での報道に漕ぎつけたのです。

『NHKスペシャル取材班~』は、通常の方法による取材ができなければ別のやりかたで取材を敢行する、一歩でも真相に迫る、真相を世界に知らしめてみせる……、こんな崇高な精神を有するジャーナリストたちの活動を描いた、感動の実話でした。

金原俊輔