最近読んだ本553:『一冊に名著100冊がギュッと詰まった凄い本』、大岡玲 著、講談社、2022年

これは、大岡氏(1958年生まれ)が『日刊ゲンダイ』紙で約3年半連載なさった随筆を、新書化したものです。

小説・マンガ・ノンフィクション・学術書といったあらゆる領域の本、全100冊、に対するコメント。

100冊の著者たちの国籍は和漢欧米それに中東……と多様で、時間的には古典から最近発行された作品まで幅広くカバーされています。

文章がわかりやすいうえ、大岡氏はそれぞれの著作にきちんとリスペクトを示し、わたしは王道を行くありかたの書評と感じました。

ところどころでフッと大岡氏ご自身が表に出てくるご工夫も好ましく、たとえば、川合康三編訳『新編 中国名詩選』(岩波文庫)を吟味なさるとき、まず真っ先に、

カラオケというものは、どうも苦手である。しかし、ほろ酔いになった人が「カラオケ、行きましょう!」となる気分は、ちょっとわかる気がする。私の解釈では、あれは古代以来連綿(れんめん)と続いてきた「詩心」の発露なのだ。(中略)人間、朗誦したい欲求には、どうも勝てないらしい。(pp.189)

カラオケに関する一家言をつぶやかれています。

いまやカラオケは酔っていなくても愛好する人が多いのですが、カラオケ好きでない氏がこの風潮をご存じなかったのはやむを得ず、そんなことより、カラオケと詩の朗誦を結びつけられたのはご慧眼でした。

つぎに、大岡氏は、石井光太著『本当の貧困の話をしよう:未来を考える方程式』(文藝春秋)を語ったのち、憂慮なさっている社会現象として、

私の胸に刺さったのは、かつて貧困と自己否定に苦しんだ子どもたちが、大人になってその「当事者パワー」で、若い世代を支援している事例や、貧困をテクノロジーで解決しようとしている日本企業の事例などだった。本書は本という形ゆえに、あるいはこれが救いになるかもしれない貧困の中の若者には届きにくいかもしれない。そのことについても考えるよう、宿題を出された感があった。(pp.214)

わが国の若者が書物離れをした結果、人生の支えになるような情報、教養が深まる情報、欲しいであろう情報、等々がいくら出版されても、当事者へは届かない、という空振り状況への歯がゆさをお書きになりました。

わたしも同じ歯がゆさをおぼえているひとりですが、毎日の生活に読書が組み込まれていないのは、もはや若い人たちにかぎらず全年齢層におよぶ問題で、いっそう深刻です。

最後に、既述「フッと大岡氏ご自身が表に出てくるご工夫」にならい、わたしも自分を表に出させていただくと、わたしは漫画家・水木しげる(1922~2015)のファンです。

大岡氏は『一冊に名著100冊~』にて水木しげる著『コミック昭和史』(講談社)を称賛なさっていて、嬉しく存じました。

ここで、氏は、水木が日本軍の兵士としてラバウルに出征中、

あわや「玉砕」の寸前で逃れ、その後マラリアの高熱で意識朦朧(もうろう)としている最中に、アメリカ軍の空爆で片腕を失い死の淵をさまよう。命があっただけよかった、などとは軽々(けいけい)に言えない凄惨な体験である。(pp.253)

こうした一文を記されました。

遠慮し自重して言葉をつづっていらっしゃり、戦争の話題の際には至極適切なご配慮です。

ただ、わたしは(もちろん、いかなる軍人や民間人の死亡も悲しむべきできごとなのですが)もし水木が戦死していたら日本文化は「水木しげるマンガ」を有しておらず、それは失うものとして大きすぎるため、つい「命があっただけよかった」と思ってしまいます。

金原俊輔