『反オカルト論』、高橋昌一郎著、光文社新書、2016年。

高橋氏(1959年生まれ)がお書きになる本は、難解な事柄を話題としながらも、読みやすいものばかりです。

わたしはかつて、

 『理性の限界:不可能性・不確定性・不完全性』、講談社現代新書、2008年

 『知性の限界:不可測性・不確実性・不可知性』、講談社現代新書、2010年

 『感性の限界:不合理性・不自由性・不条理性』、講談社現代新書、2012年

以上のシリーズに目を通し、著者の噛みくだいて説明するお力に脱帽しました。
そして有益な情報を得ることができました。

臨床心理学者であるわたしは、精神分析という学派を尊敬していません。
そうしたところ、上記3冊においても精神分析が否定的にあつかわれており、わたしとしては心強い気がしました・・・。

さて『反オカルト論』、オカルトが関与した研究あるいは騒ぎをつぎつぎと論詰してゆきます。
痛快な内容でした。

著者が主張されることを裏づけた各種資料の提示も十分と思いました。

しかし、疑問を感じるところはあります。

書中で高橋氏は、2014年に起こった小保方晴子氏の「STAP細胞研究不正事件」をとりあげました。
かなりのページをさいて上記問題を批判されています。

この点にわたしは違和感をおぼえました。

細胞生物学の中身はまったく知らないものの、わたしはさまざまな報道に接し、科学者としての小保方氏に対しては不信感を有しています。

以下は『反オカルト論』からの部分引用なので意味がわかりづらい文章となりますが、

それらの研究成果と、小保方氏が「世界三大不正」の一つとまで数えられる盗用・改竄・捏造の研究不正を行った事実の間には、何の関係もない。彼女が科学を冒涜したこと、いまだにそれを認識していない(もちろん反省もしていない)ことに、何ら変わりはない。(pp.166)

そうとう無責任な人物のようです。
他者を欺く実験に手を染めた可能性は大です。

とはいえ、小保方氏が研究不正をおこなったとしても、その行為とオカルトとは異なる問題なのではないでしょうか。

高橋氏はオカルトを「非論理・反科学・無責任(pp.4)」と定義されています。

ここでいわれている「非論理」「反科学」は学問の正否に影響をおよぼす姿勢であり、「無責任」のほうは善悪に係る概念です。
正否(正しいか誤りか)と善悪(良いか悪いか)には、次元の隔たりがあります。
混同してはいけません。

著者は無責任までをオカルト内に含んだため、オカルトを俎上にのせる著作のなかで研究不正を弾劾する、という脱線に至ってしまったようです。

非論理・反科学だけにしておけば良かったと考えます。

ひょっとしたら、高橋氏は小保方氏を追及したかったので、ご自分の定義に無責任を加えたのかもしれません。

金原俊輔