『世間のカラクリ』、池田清彦著、新潮文庫、2016年。

池田氏(1947年生まれ)は構造主義生物学者でいらっしゃいます。

ご専門である生物学の見地から社会のできごとにコメントされたものが本書です。

コメントの対象は、犯罪、政治、地球温暖化、STAP細胞事件・・・と、多種多様でした。
ひとつひとつにたいする著者の率直なご意見や思わぬ角度からのご指摘が記述されています。

そのなかに、いわゆる「フィンランド症候群」に関する文章がありました。

フィンランドの保険局が、1974年に40歳から45歳の上級管理職1222人を対象にほぼ半分ずつ無作為に分け、第一グループの612人には、医師による、定期検診、栄養チェック、運動、タバコ、酒などの健康管理を4ヶ月ごと5年間にわたって行い、必要ならば投薬による治療を行った。
第二グループの610人には健康管理は本人に任せ、介入は行わなかった。
実験が始まった1974年から1989年の15年間の総死亡者数は、介入群で67人、非介入群では46人(有意差あり)だった。(pp.113)

文中の「無作為」とは結果に偏りが出ないようなゆき届いた研究方法を意味し、「有意差」とは統計的に明らかな違いがあった、ちょっとした違いではなかった、ということを意味しています。
「介入群」とは医師にきちんと診てもらっていた人々のこと、「非介入群」とは本人まかせだった人々のことです。

つまり上記によれば、医師に診てもらっていた人々のほうが本人まかせで放ったらかしにされていた人々よりも早く、そして多く、死去してしまったわけです。
こうした驚きの現象をフィンランド症候群と呼びます。

その現象に基づき、著者は本書内で日本における企業の健康診断に疑問を呈されます。

拓殖大学の渡辺利夫総長は60歳になってから健康診断をいっさい受けるのをやめて、心身の調子が良くなったと公言している(中略)。東大で健康診断の受診率が最も低いのは医学部だとのこと。医者自身は健康診断の有効性を信じてないってことだよね。(pp.115)

・・・というふうに。

つづいて池田氏は、医師と頻繁に会わなければならないストレスが主な原因でフィンランド症候群が発生するのではないか、健康診断も似たようなものであってむしろ何もしないほうが良いのではないか、とのお考えを示されました。

このお考えにたいして正否を断じる力は、わたしにはありません。

ひとついえることは、池田氏の考えかたとは異なり(『Wikipedia 日本語版』によれば)一般的にフィンランド症候群はストレスではなく薬の副作用が原因とみなされている、ということです。

ところで、健康診断と聞いてわたしの頭に浮かんできたのは「心の健康診断」であるストレスチェックです。

わが国ではストレスチェック制度が義務化され、これから毎年、従業員数50名以上の事業場はストレスチェックを実施する運びとなりました。

ストレスチェックは職場のメンタルヘルスを向上させるための大事な取り組みです。

しかし正反対に、ストレスチェックのせいで従業員の皆さまのストレスが高まったり、うつ病のかたが増えたり、休職者が多くなったり、という事態が起こったとしたら、これは「心のフィンランド症候群」になってしまいます。

ストレスチェックの代行業務をおこなう弊社は、そうした事態を生じさせないように適切な関わりとアフター・ケアを心がけなければなりません。

金原俊輔