『定年後:50歳からの生き方、終わり方』、楠木新著、中公新書、2017年。

産業カウンセラーであるわたしにとって「定年退職」はしばしばご相談をいただく重要な事項です。
そのため、これまで当該事項をあつかった本をたくさん読んできました。

わりと多かったのは、定年後に専門知識を活かして大学教員になるよう勧めたもの、定年してから生活費が安くつく外国に居住するよう勧めたもの、以上の2種類です。

しかし2017年現在、少子化に直撃され経営難におちいっている大学はめずらしくなく、結果的に教員募集数は限られてしまいましたし、海外の物価がしだいに高くなり、テロの危険性までもが出てきて、おいそれとは移住できなくなりました。

そうしたなか、定年前後の人生を冷静に見つめ、どう備えればよいのか、どう生きればよいのか、を深く考察した書物が『定年後』です。

楠木氏(1954年生まれ)は、だれしもが「間違いなく定年後はやってくる(pp.x)」という現実を認識して、できるだけ早めに諸準備を始めるべき、旨をお勧めになりました。

さもないと定年したのちに「曜日の感覚がなくなる(pp.35)」「生活リズムが乱れ始める(pp.39)」「名前を呼ばれるのは病院だけ(pp.41)」などの切実な状況が発生してくる模様です。

対応策として定年前の転身を検討した章では、転身者たちが、

一見すると、メーカーの管理職から美容師、商社マンから物書きにと、全く異なる仕事に転身しているようにも見えるが、話を聞いていると、会社員時代に培った能力や経験、自らの得意分野をうまく使っていることに気がつく。
多少割り切って言えば、中高年から全く新たなことに取り組んでも、長年の組織での仕事で培ったレベルに到達することは容易ではない。今まで取り組んできた仕事を直接、間接にカスタマイズして社会の要請に応えられるものにすることが力を持つ。(pp.146)

いくぶん平凡なご指摘ながら、平凡であるがためにむしろ指摘の説得力が高まっています。
わたしが冒頭で紹介した大学教員になる案や海外移住案はすこし突飛なところがあり、本書で見られる種々の助言のほうが「もっと足が地に着いている」気がしました。

著者は起業も選択肢のひとつに想定しておられ、この件にまつわる示唆は、

蕎麦打ち職人に転じたFさんは、「自信のある蕎麦を出せるようになったのは開業して3年経った頃」と話していた。専門商社の役員から、メンタルヘルスの会社を起業したGさんも、「立ち上げた会社が落ち着くのに3年かかった」と語ってくれた。
また私が社会人大学院で受けたベンチャー起業論の授業で、大手メーカーから、サービス業で起業した女性経営者が「自分の周りのベンチャー経営者はなぜか『3年が一区切りだった』と語る人が多い」という発言にも興味を持った。やはり1年や2年ではなく、また5年という話も聞かない。なぜか1クール3年なのだ。(pp.114)

由でした。

逆から考えれば、起業の際には新会社が3年間ぐらい赤字であっても持ちこたえ得る資金の貯えが必要、こうなります。
万全を期し「5年分のお金の準備をしよう」と思っておくと、いっそう無難でしょう。

定年が近く、そして起業を計画中のかたがたには、有益な情報といえます。

わたし自身は、長崎メンタルヘルス合同会社を設立したおかげで、同世代の人たちよりも定年到来が遅めです(最初の3年間をがんばり抜けるとしたらですが)。
けれどもいつか、かならず、すべての仕事をやめる日がきます。

その際に自分はどうあるべきなのか、『定年後』は改めて考える機会を提供してくれました。

金原俊輔