最近読んだ本372

『自己分析論』、高橋昌一郎著、光文社新書、2020年。

大学生たちが就職活動をしているときに企業の面接官から要求される「自己分析」。

上掲書は、どう自己分析をおこなえばよいのか戸惑っている架空の学生グループに、民間の就職アドバイザー、大学に所属するカウンセラー、大学で教える哲学教授、三者が三様のアドバイスをおこなう問答形式です。

おもしろい試みの読物でした。

執筆された高橋氏(1959年生まれ)の博識ぶりも堪能できます。

しかし、書中、腑に落ちない箇所が散在していました。

最初の例を示しましょう。

就職アドバイザーによって、ある会社の人事担当者が応募学生と連絡がとれなくなった案件が語られ、

文学部A  それは、いくらなんでもマナー違反でしょう。
(中略)
医学部E  これは就職活動という話以前に、企業側も学生側も、人間関係の基本的ルールとして考えなければならない問題ではないですか?
就職アドバイザー  まさに、おっしゃるとおりです。あらゆる企業が就活生に最も求めている資質が「コミュニケーション能力」ですから、それができない就活生は、その時点で失格と言えるかもしれません。(pp.76)

当該案件は「マナー」や「基本的ルール」が守られなかった椿事だという意見に同意しますが、左記ふたつと「コミュニケーション能力」はまるで無関係ではないでしょうか。

話がズレてしまっている気がしました。

第2例目です。

自分の弱点をポジティブな表現に言い換えてみる、そんなやりとりのなかで、

法学部B  どうやってポジティブに表現するんですか?
心理カウンセラー  たとえば、D君の「弱み」に出てくる「要領が悪い」のは「ルールを遵守してしっかり物事を進める」、「社会性が乏しい」のは「自立心が旺盛」とも言い換えられるでしょう? (後略)(pp.105)

「要領が悪い」ことと「ルールを遵守」は全然つながりがありませんし、後半の「しっかり物事を進める」は、要領が悪ければ物事は進まないはずですから、巧みな言い換えになっていないと考えます。

「じっくり取り組む」のほうが適切なのでは?

また「社会性が乏しい」を「自立心が旺盛」としている点は特に違和感がないものの、「孤立・孤独に強い」のほうがより合っているように感じました。

最後の例。

神経生理学者ベンジャミン・リベット(1916~207)の実験を紹介した項で、

科学哲学者  ところが、リベットの実験によれば、ヒトが「指を動かす」ことを「意識」するよりも350ミリ秒から500ミリ秒前に、すでに指を動かすための指令が「無意識」的に発せられていたことになるわけだ!
法学部B  それは興味深い。もしそれが事実だったら、すべてを決めているのは「無意識」だから、人間に自由意志は存在しないことになりませんか?
科学哲学者  冗談ではなく、本気でそのように考えている哲学者も最近出てきているくらいだよ。(後略)(pp.220)

わたしは哲学界の受け止めには口を挟(はさ)みません。

ただし、リベット自身が実施した後続研究の結果、彼は「無意識」的な行動が起こる直前に「意識」がその行動を認めたり拒否したりしている模様であるため、やはり自由意志は存在する、と主張しました。

引用文章では上記の事実が無視されています。

当方、往時は著者の作品を好んでいたのに、最近は書評こんな感じで相性が不良みたいでした。

『自己分析論』は就活生諸君・諸嬢の役に立たない可能性大、とも想定します……。

金原俊輔

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