『合成生物学の衝撃』、須田桃子著、文藝春秋、2018年。

まずもって「合成生物学」とは何か?

合成生物学では、遺伝子などのDNA部品や、複数の部品をつなぎ合わせて特定の機能を持たせた生物デバイス(装置)を組み合わせて、自然界には存在しない新たな生物を作り出す。(pp.53)

ものだそうです。

いうまでもなく最先端の科学技術であり、

善と悪、あるいは軍事用と民生用のいずれにも使える「デュアルユース性」は、すべての科学技術にある。(pp.98)

このように軍事方面でも応用されてきました。

研究の目的の一つに、兵士の戦闘能力の「強化(エンハンスメント)」が含まれていたことだ。たとえば、モルヒネよりも効果的に、かつ兵士の認知能力を妨げずに痛みを軽減する方法や、最前線の部隊が負傷した際の応急処置の効果を大幅に向上する方法の開発がそれにあたる。戦場の劣悪な環境で、睡眠や栄養が十分にとれないまま長時間戦わなければならないようなストレスの大きい状況で、兵士の能力を向上させる方法の開発も目指していた。(pp.111)

さきほど「軍事方面でも応用されてきた」と書きましたが、むしろ、もともと軍事使用を目的に研究が始まった分野なのでしょう。

わたしはそれを良くないとは考えません。

たとえば、映画『プライベート・ライアン』(1998年)の凄惨な冒頭シーンを思いだすだけで、痛み軽減法の開発ばかりはぜひ成功させてほしいと願います。

わたしが勤務する大学から、これまで数名の卒業生たちが自衛隊へ入隊しました。

万一の際、彼らにつらい思いをしてほしくありませんし、ほかの自衛隊員の皆さまや各国軍人諸氏にたいしても同様のことを祈願いたします。

さて、須田氏は合成生物学に関する深い識見を身につけておられ、その識見に基づきながら大勢の研究者たちへのインタビューを敢行なさいました。

インタビュー結果を本書にまとめ、現在の合成生物学がどこまで進んでいるのか、合成生物学をリードしているかたがたはどのようなご意見をおもちなのか、などについて詳細に記述されています。

以下は、セルゲイ・ポポフ氏という人物の談話ですが、

誰かが治療の難しい何かの病気に感染して、誰もそれが何かを知らず、治療もしにくく、さらに致死率も高いとなれば、それは心理的に、非常にインパクトの大きい兵器になるということです。それこそが、生物兵器を使う目的の一つなのです。(pp.89)

当然ながら、こうした問題も生じてくるわけです。

実際、アメリカ合衆国はベトナム戦争時、枯葉剤を用いました。

ロシアはどうかといえば、「軍部の関連研究所の実態は旧ソ連時代と同様、秘密のベールに包まれたままだ(pp.96)」とのこと……。

この本はわたしにとって、「デュアルユース性」を中心に、科学技術が包含している諸課題を再検討する契機となった、格好の一冊でした。

本書に出会えたことを嬉しく思っています。

数年前、わたしは須田氏の『捏造の科学者:STAP細胞事件』、文藝春秋(2015年)を読み、たいへん失礼ながら、著者は力量不足なのではないかと感じました。

どうやら力量不足などではないみたいで、今回は『合成生物学の衝撃』というしっかりした内容の作品を上梓されています。

金原俊輔