『勇気をくれる日本史 誰も知らない偉人伝』、白駒妃登美著、角川文庫、2018年。

心にのこる佳編でした。

あまり世間的に知られてはいないけれども、わが身より「公」を重んじた日本人、他者とくに外国人へ「惻隠(そくいん)の情」を示した日本人……。

こうした、たしかに偉人と呼ぶにふさわしい人たちの逸話を、厳選のうえ紹介した内容です。

紹介された人士は20名を超えました。

うち、

高橋是清(1854~1936)

明石元二郎(1864~1919)

昭和天皇(1901~1989)

古橋廣之進(1928~2009)

以上のお歴々をも「誰も知らない偉人」に含むのには無理がありましたが、実際、彼らのそう有名ではないエピソードが記されていて、わたしは「勇気を」頂戴しました。

上掲書においては、この種の読物で、かならず、といえるほど出てくる、

「日本とウズベキスタン - 失われぬ誇り(pp.138)」

「日本とトルコ - エルトゥールル号の恩返し(pp.150)」

などが、やはり登場してきました。

ウズベキスタンの件は、日本軍兵士による「ナヴォイ劇場建設」として、人口に膾炙(かいしゃ)しています。

いっぽう、書中、周知度が低めの、

「インドネシア解放の父 - 柳川宗成(pp.62)」

「サイレントネイビーの誇りを胸に - 佐久間勉・工藤俊作(pp.74)」

「ペルーが泣いている - アキラ・カトウ(pp.208)」

といった美談も披露されました。

初めて知る、すばらしい物語でした。

本書を読みながら、わたしは幾度も胸を打たれました。

白駒氏(1964年生まれ)の読者啓蒙のお気もち、勉強熱心なご姿勢、書かれる文章がやわらかく読みやすいこと、に好感をおぼえます。

さて、わたしは『勇気をくれる日本史』のページを繰りつつ、ふたつの考察をしました。

ひとつめ。

著者はトルコのことわざ「自分の歴史を知らない者には未来はない(pp.155)」に言及されました。

イギリスの歴史学者アーノルド・J・トィンビー(1889~1975)の信条である「自国の歴史を忘れた民族は滅びる(pp.232)」も参看されています。

だとすれば、本書のように日本および日本人が関与した感動的な話題にばかり目を向けていて、果たして良いものでしょうか。

現今のわが国ではとりわけその方面の出版物が氾濫している傾向が見受けられます。

そんな状況なので、上述のごとき疑問を述べました。

わたしは、日本人における、猛省すべき過去を見据える勇気、猛省を贖罪行動にあらわす率直さ、過去を心に刻みつづける誠実さ、の必要性を強く感じています。

つぎに、

日本には江戸時代の遺産として「武士道」がありました。(pp.46)

日露戦争の頃には、まだ江戸時代の教育の名残がありました。この章で何度も繰り返した「武士道」の息吹が、まだ人々の胸の中に息づいていたのです。
それが、大国ロシア相手に見事な勝利という形で結実しました。(pp.60)

戦うときは潔く戦い、ひとたび戦いが終わったなら、お互いの勇気を讃え合い、捕虜に辱めを与えない……。それが武士道です。そうした教えは、きっと松江豊寿の中にも息づいていたはずです。
だからこそ、松江所長率いる坂東俘虜収容所では「ドイツさん」たちへの敬意と配慮がなされていたのだと私は思います。(pp.90)

日本人の特性・特長を語る際に、いかなる本でもほぼ例外なく引き合いにだす「武士道」の精神。

個人的にはそれが的はずれだとは思っていません。

ただし、武士道がわれわれのメンタリティにどこまで影響をおよぼしているのかについては、まずもって、慎重な学術研究が緊要のはず。

歴史学者や社会学者の取り組みを待ちます。

武士道の出発点となっている「一所懸命」、一所懸命から派生した「一生懸命」、これらの理念も(武士道に負けず劣らず)日本人に多大な影響をおよぼしてきているのではないかと、わたしは歴史学・社会学の素人ながら想像しています。

本書をとおして考えたことを書きました。

それにつけても、引用した「戦うときは潔く戦い、ひとたび戦いが終わったなら、お互いの勇気を讃え合い~(pp.90)」は、ラグビーの「ノーサイド」精神そのものです。

これが武士道の真髄であり、しかして、その武士道精神が日本人多数に染みわたっているのならば、もうちょっとわが国においてラグビーが盛んであるべきなのですが……。

金原俊輔