『1968年』、中川右介著、朝日新書、2018年。

1968年(昭和43年)に日本社会で起こったできごとをまとめた、歴史ノンフィクションです。

音楽業界、マンガ界、プロ野球界、映画界、以上4領域にしぼり、そこでの現象・事件・裏話が語られました。

たっぷりの情報量でした。

こうした趣向の書物としては、むかし、

F・L・アレン著『オンリー・イエスタデイ:1920年代・アメリカ』、筑摩叢書(1986年)

を読んだ記憶があります。

当時のわたしはアメリカ未体験だったにもかかわらず、読了後、なんだか感傷的な気分に浸りました。

山崎正和著『おんりい・いえすたでい ’60s』、文藝春秋(1977年)

も、結構しんみりくる内容でした。

しかるに『1968年』は、わたしにそんな感情の動きを生じさせませんでした。

「事実がたくさん並べられている」という印象に終始する本だったのです。

これは、そもそも中川氏(1960年生まれ)が読者をジーンとさせる展開などめざしていなかったからなのでしょうし、あるいは、1968年という年自体がわれわれをしみじみさせるタイプの年ではなかったからなのかもしれません。

さて、1968年は、ちょうど50年前です。

わたしは13歳、中学生でした。

『1968年』では、ザ・タイガースを筆頭に「グループ・サウンズ人気」が世間で問題視されたときのことを、

ようするに、大人の男たちは自分よりも若くてカッコイイ青年たちが女の子に人気があるのに嫉妬しているのだが、もっともらしく「頽廃」を嘆き、女の子の将来を憂えているふりをしているだけだった。(pp.62)

と、分析しています。

じつは大人の男たちのみではありませんでした。

男子中学生は、同級生の女子がグループ・サウンズばかりに目を向け、(薄ぎたない)わたしら男子を歯牙にもかけない残念な状況に、打ちのめされていました。

その結果、大人ではない男たちも、グループ・サウンズの面々に嫉妬したわけです。

気が利いた連中は自らバンドを結成したりしたものの、楽器を弾けないわたしには打開策がなく、やむを得ず部活動の剣道に熱中しました。

ここまで書いて、ようやく、ほろ苦いなつかしさが込みあげてきました。

金原俊輔